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*** 欧 州 映 画 紀 行 ***
                 No.001
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。


今週の作品はこちら
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タイトル:「バティニョールおじさん」
制作国:フランス/2002年
原題:Monsieur Batignle
スタッフ
監督:ジェラール・ジュニョ
出演:ジェラール・ジュニョ、ジュール・シトリュク
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■STORY
1942年、ドイツ軍の手に落ちたパリでは、ユダヤ人の一斉検挙が行われていた。
肉屋兼惣菜屋であるバティニョール家では、娘婿ピエール=ジャンが熱心なド
イツ軍協力者。隣の外科医バーンスタイン一家はスイスに落ちのびる寸前に、
ピエール=ジャンによって告発され、収容所に送られた。バティニョールは、
期せずして摘発に協力してしまう。事態にとまどいながらも、この功績を認め
られバティニョールは占領軍の出入り業者となり、バーンスタインの豪華なマ
ンションまで譲られた。
順調に時流に乗るかに見えたバティニョールだったが、ある晩、ドイツ軍のた
めのパーティを自宅で催した彼のもとに、バーンスタインの息子シモンがやっ
てくる。収容所から逃げ出してきたのだ。トラブルに巻き込まれたくないバティ
ニョールは、とりあえずシモンをかくまう。いつの間にか告発に協力し、流さ
れているうちに隣人の家を奪った自分に、どこか納得のいっていなかったバティ
ニョール。平凡な肉屋はしだいに気持ちを変化させ、シモンと2人の従姉妹を、
スイスまで逃がす旅に出る決心をする。

■COMMENT
「命をかけてユダヤ人の子どもを助ける親切なおじさんの話らしい」。公開当
時こんな類の噂を信じた私は、反射的に「あ、パス」と思ってしまった。これ
だけを聞いてしまうと、正義にあふれるヒーローと健気に生きる子どもの感動
作。どうも嘘くさいじゃない? 少しひねくれている私は、感動するよ、と言わ
れるとどうも身構えてしまう。

ビデオ化されて見てみて、食わず嫌いを後悔した。嘘くささはみじんもない。
あるのはひたすらな現実感。それは、現実を知らしめられる悲劇だとか、しょ
せん人生なんてそんなもの、都合のいいことなんて起こらない、だとかいう意
味での現実感ではない。きっと起こりえただろうし、起こっていてほしい、と
切に願う現実感だ。

ナチの迫害から逃れる、という重いテーマながら、助ける方も助けられる方も、
ちっとも特別ではない。だからこそ、物語に親近感を持ってその中に入り込む
こともできる。

まず、バティニョール氏はいたって「ふつう」である。「ふつう」と言っても
いろいろあるのだが、ごくふつうに、金持ちのユダヤ人はなーんかイヤだな、
と思っていて、ごくふつうに、商売人なんだから金儲けしたい、と思っていて、
かと言って野心的にこの機にうまくのし上がろう、とまでは思わない。小心者
で、面倒なことには関わりたくない、自分の生活にいそがしくなっている「ふ
つう」の人だ。
そしてシモンは、手放しでかわいい訳でもない。命がけで助けてもらっている
のに、料理がまずい、寒い、汚い、と文句をたれてばかりの甘やかされた子ど
もだ。もちろんそれは子どもらしい「かわいさ」であって、ちょっとばかし甘
やかされて裕福に育った「ふつう」の子どもなのだ。

そんな二人の出会いが、命の危険を冒してまで子どもたちを逃がす物語を、ど
うして生みだすのか。これがこの作品の大きな見どころになる。凡庸なバティ
ニョールは、どこで決定的に変わったのか、なぜ変わったのか。おそらく、見
る人によってその答えは少しずつ違う。一人ひとりが自分自身を投影させなが
ら、物語に入り込んでバティニョールの変化を見つめられるからだ。

前半は、戦時中のパリの街を忠実に再現したセット、後半はスイスへ向かう途
中の美しい自然が、異空間へと誘ってくれる。人間の営みをよそに広がるのど
かな野山の姿も、観客に希望を与えてくれるエッセンスである。

■COLUMN
監督・主演のジェラール・ジュニョは、なんの問題意識もない平凡な人間が、
ドラマティックな場面に出会ったとき、どう行動するのかを知りたかった、と
言う。そう言われて自分自身を振り返ってみると、ドラマティックな体験と言
えるようなものはない。世の中のすべてに、見て見ぬ振りをしてきたつもりも
ないが、面倒なことにはできれば巻き込まれたくない、と思う。

企業の不正隠しや、病院のミス隠蔽などが最近よく騒がれる。第三者によって
暴かれたものもあれば、きっと内部や関係者からの告発もあったに違いない。
世に騒がれ大きな組織がゆらぐ発端となるのだから、「告発」する人は、日頃
から正義感に強い、不正を許さない人なのかなと思っていた。だが、この映画
を見て、不正を知るまでは、案外ごくふつうの人なのかもしれない、と思い直
した。
バティニョールがなぜ助けるのか問われ、「偶然ですよ」と答えるように、た
またまそこに居合わせて、不正を知る場面に出会ってしまって、さて、どうし
たものか、と迷いはじめる。日頃から熱い信念のようなものを持っているとは
限らない。後に「英断」とたたえられる行為も、そんなに意志の強いものでな
く、「ふつう」の人の迷いからゆっくりできあがったものかもしれない。

面倒に巻き込まれたくない、でも悪いことはしたくない。そんな「ふつう」の
私にも、自尊心に恥じない行動を選ぶ力は備わっていると、希望は持っている
のだ。(自信ないけど)


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転載には許可が必要です。

編集・発行:あんどうちよ

Copyright(C)2004 Chiyo ANDO

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2004.9.13 原題を追加
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