一覧へ ←前へ →次へ 登録フォーム HOME


======================================================

*** 欧 州 映 画 紀 行 ***
                 No.018
======================================================

「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★心にためる今週のマイレージ★
++ 幽霊も精霊も息づく島 ++

作品はこちら
--------------------------------------------------------------
タイトル:「春にして君を想う」
製作:アイスランド・ドイツ・ノルウェー/1991年
原題:Börn náttúrunnar 英語題:Children of Nature
監督・共同脚本:フリドリック・トール・フリドリクソン
出演:ギスリ・ハルドルソン、シグリドゥル・ハーガリン、
   ブルーノ・ガンツ
--------------------------------------------------------------


■STORY
田舎での農作業を引退し、レイキャビクに住む娘夫婦の家に身を寄せた78才の
ゲイリ。娘夫婦や孫娘とうまくいかず、やむなく老人ホームに入ることとなる。
世間は狭いもの。老人ホームには、幼なじみのステラが入所していた。彼女は、
脱走を何度も試みる札付き入所者だった。ステラは、生まれ故郷のお墓に入り
たいと願うが、誰もまともに話を聞かない。

ゲイリはステラの希望を叶えようと決心し、ある日一緒にホームを抜け出した。
二人は今は廃村となった故郷に向かう。新しいスニーカーと盗んだジープで、
北西端のフィヨルド地帯への道行きがはじまった。

■COMMENT
死に場所に向かう旅。しかし重さや暗さは感じない。
ふだんは履かないスニーカーを新調し、ジープを拝借して、何十年ぶりかに再
会した幼なじみと初デートの雰囲気さえただよう。この機会にと、共通の幼な
じみを訪ねてみたり。むろん死期が近い寂しさが確かにあるけれど、故郷へ行
ける、という思いが二人を支えている。廃村になってしまった土地だから、も
う一度赴けるだけでも感慨深い。

この作品のやわらかさには、主人公の老カップルの様子だけではなく、アイス
ランドの風景が大きな役割を果たす。見たことがないような幻想的な風景だ。

もやのかかった湖水の静けさ、切り立った山の大きさに息を飲む。
青いときには底抜けに青く、灰色の時にはしだいに銀色を帯びる、途方もない
空に吸い込まれ、時折咲いている白い花に命の小さな強さを見る。
漆黒の闇に包まれれば、月明かりが未来を照らし出す光にも似て。

画面の中で二人は、しばしば大きな風景の中にぽつりと浮かぶ。その姿に、二
人が大地に還っていこうとしているのだと教えられる思いだった。捉えように
よってはすでに半分還っている、とも言えるし、旅に出たときから、少しずつ
還りはじめている様子の記録だ、とも言える。

埋められる土地へ向かう道行きを、こんなにも優しく見せられるのは、これは
自然に還っていく人の姿だと、この映画が言っているからだと思う。

「行方不明の老人」を追ってくる警察からは、精霊が守ってくれて、何もしな
いけれど幽霊もひっそりといる。この景色の中になら、本当にそんな存在が息
づいているかもしれない。

ヴィム・ヴェンダース監督「ベルリン・天使の詩」の天使役そのままの様子で
ブルーノ・ガンツ(以前紹介した「永遠と一日」ではギリシャの大詩人役)が
出演。出ることをはじめから知っていないと、見逃すか、「今のは何?」で終
わりそうなほどさりげない。お見逃しなきよう。


■COLUMN
この作品を見て、猛烈にアイスランドに行ってみたくなった私は、一体どんな
ところなのだろうと、調べてみた。

日本の3分の1程度の面積で、人口は28万人。北部は北極圏に達するが、暖流
のおかげで、首都レイキャビクならイメージほど寒くないらしい。
寒さに弱い私も一安心だが、鉄道がない、というのはちょっとショックだった。
車の運転ができないせいか、地続きのところに電車がないと、どうも落ち着か
ない私なのである。

娘が、親であるゲイリに「お互い往き来できないところにいたからあまり会え
なかった」と言うシーンがあって、国内交通はどうなっているんだろう、と疑
問に思ったのだが、ちょっと謎が解けた気がした。レイキャビク以外では、道
路も舗装されてなかったり、道が狭かったり。ただでさえ人口が少ないところ
に、国内を大量の人が移動することも少ないようだ。

また、アイスランドの景観は月の表面に似ているのだそうだ。アームストロン
グも、この地で訓練して月へ向かったと言う。確かに、樹木が少なくて岩肌が
見える土地は月の表面を想像させる。しかし、月をジープで走る映像はきっと、
虚しくて辛いだろうし、月に似ていたら、そこから優しさなんて感じられない
んじゃないだろうか。だいたい月には絶対にない「水」がふんだんにある。で
も、月に似ている、と言われると「確かに」と思うし、月に似たどこか浮世離
れした荒涼が、胸に迫る気もする。不思議な感覚だ。

月に似て、優しさをもたらすもの。それがあるとすれば、大地の地肌を感じら
れる、ということだと思う。
どこもかしこもアスファルトで覆い、山を切り崩して海を埋め立て、人間は地
形を変えて生きてきた。それでやっと暮らしを可能にしてきたのだから、それ
を安易に批判することはできない。しかし、たとえ自然の多く残されたところ
に行っても、この日本には、もともとあった大地の形はほとんどなくなってし
まっているのではないかと思う。

その点、この作品に映し出された大地は、この星がもともと持っていた地形を
そのまま維持しているように感じる。
この星が持つ記憶とともに、この星に息づくすべてのものと一緒に、大地が、
人間を眠らせてくれる。その大地で、この星の記憶の一部になってゆく人間の
物語を見せられた気がする。

■参考HP
・アイスランド航空: http://iceland.jp/new/home.html
・地球の歩き方: http://www.arukikata.co.jp/country/iceland.html
・この映画をきっかけにアイスランド旅行をされた矢部さんの個人ページ
  http://www.h2.dion.ne.jp/~yabe/iceland/travel2/index.html

上記、矢部さんには、二人の通ったルートなど、貴重な情報をいただきました。
ありがとうございました。

---------------

転載には許可が必要です。

編集・発行:あんどうちよ

Copyright(C)2004 Chiyo ANDO

---------------

2004.9.13 原題と英語題を追加

一覧へ ←前へ →次へ 登録フォーム

HOME