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*** 欧 州 映 画 紀 行 ***
                 No.019
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★心にためる今週のマイレージ★
++ 偽物は魅力的!? ++

作品はこちら
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タイトル:「他人のそら似」
製作:フランス/1994年
原題:Grosse Fatigue 英語題:Dead Tired

監督・脚本:ミシェル・ブラン (Michel Blanc)
出演:ミシェル・ブラン、キャロル・ブーケ
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■STORY
人気俳優で映画監督である「ミシェル・ブラン」を本人が演ずる。

新作の執筆が思うように進まず、ストレスが溜まっていたミシェルのまわりで、
奇妙な出来事が起こり始めた。身に覚えのない容疑で警察から取り調べを受け、
行きつけのバーでは「二度と来るなと言ったはず」と門前払いを食らう。
友人の女優キャロル・ブーケに手伝ってもらい、調査をはじめると、どうやら、
「そっくりさん」が彼の名をかたって悪事を働いているようだ。

フィリップ・ノワレ、シャルロット・ゲンズブール、ティエリー・レルミット、
ロマン・ポランスキーなどなど、本人役でのゲスト出演多数。

■COMMENT
以前紹介した「僕の妻はシャルロット・ゲンズブール」でも、本人が本人役を
やる設定があったが、この「他人のそら似」はさらにややこしい。
「本物のミシェル・ブラン」がいて本名パトリックの「偽のミシェル・ブラン」
がいる。ミシェル・ブランが、この二役を演ずる。しかし「本物」も、生業で
作りだしているのは虚構、偽の世界。「本物・ミシェル・ブラン」もフィクショ
ンの物語を紡ぎ、架空の人物を日々演じるのだ。

映画の世界は虚構の世界。映画自体が虚構であり、映画人たちの振る舞いも、
イメージを重視するがあまりに虚構の色が強い。一体何が本当なのか、虚構が
虚構を支える世界にいるブランが、その世界を皮肉に包んで描き出したともと
れる。大衆は映画を見るように有名人の生活を眺め、一方的なイメージを抱く。
そのイメージにのっかって、映画人は映画を作る。

本物なんて一体どこにあるのか。鏡の中の鏡のように、虚構と虚構が織りなし
て壮大な虚構を紡ぐ。
見終わって、いろいろ考えているうちに私は、そんな堂々巡りにうっかりはま
りこんでしまったが、難しいことを考えなくても楽しめる、テンポのよいコメ
ディーである。

ミシェル・ブランの二役の演じ方がいい。親にも見分けがつかないほどのそっ
くりさんだが、態度、口調、しぐさ、表情、どこをとっても本物と偽物では少
しずつ違う。しかし大げさに違いを出しているわけではない。繊細な演じ分け
が効いて、顔も背格好もそっくりで、でも人間は確実に別人で、という状況が
うまくできあがる。事情を知っていて見ている観客側には、ふたりの違いが判
別できるのに、まわりの人はなかなか分かってくれない。「ミシェル」のもど
かしさと消耗が、気の毒でもあり、おかしくもあり、楽しめる。

しかし「本物のミシェル・ブラン」と「偽のミシェル・ブラン」を上手く演じ
分けたミシェル・ブランって、「本物のミシェル・ブラン」にどのくらい近い
んだろう……、おっと、また堂々巡りに迷いこむ!

■COLUMN
2年前に「亜麻色の髪の乙女」の清水氏になりすまして、商店街のカラオケ大
会で審査員をやった男が捕まった。「偽のミシェル・ブラン」がやるのは、ちょ
うど、あんな感じのことだ。有名人が地味な営業をコツコツやっていると見せ
かけて、地方のスーパーなんかで小さなショーに出て謝礼をもらう。

詐欺にあった商店街の皆さまには気の毒に思うが、見ていた人たちのほとんど
が、本物と納得していたなら、それはそれで仕方がないかな、と端から見てい
る人間には、ちょっと笑える事件だった。
気の抜けた笑いを残したこの事件に見られるように、まわりをすっかり信じ込
ませる偽物というのは、完全に糾弾できずに、どこか惹かれてしまうものであ
る。

偽ヴィレッジ・シンガーズは、すぐに見破られたから三流以下だが、「偽のミ
シェル・ブラン」は、一般の観客だけでなく、カンヌの実行委員や、旧知の仲
間まで本人だと信じ込ませる。詐欺師としては一流だ。
こうなると、そもそも「本物のミシェル・ブラン」が「ミシェル・ブラン」に
見えることに何の価値があるんだろうか、という言い方もできる。本物なんだ
もん、本物に見えて当たり前だよね、偽物なのにそれっぽく見える方が、すご
くない?

ものすごくよくできた偽物というのは、人を惹きつける。フェルメールの贋作
を描いて美術関係者を欺き続けたメーヘレンが、いつまでも小説やマンガの題
材になり、人に語られるのは、芸術的にまで似ている偽物に人が吸い寄せられ
ている証である。

鑑定番組で、ブランド品や美術品の偽物をあばくコーナーに人気があるのも
「ひょっとしたら偽物?」という事態そのものが、人を惹きつけているからじゃ
ないかな。偽物が横行するのは困るけれど、自分のが偽物だったらイヤだけど、
でも「偽物かも?」てドキドキするのは楽しいもん、って。

そんなわけで、この映画では、監督・主演のミシェル・ブランよりも、「本物
のミシェル・ブラン」よりも「偽のミシェル・ブラン」がいちばん人を惹きつ
けている、のかもしれない。

■お知らせ
1. 読者の方から、「原題を入れてほしい」というご要望をいただきました。
 そこで、今号から、原題と英語題を、併記することにしました。
 検索の際などにお役立て下さい。

バックナンバーの方にも、原題を追加しました。
ホームページバックナンバー
http://oushueiga.net/back
からどうぞ。

2. 掲示板が引っ越ししました。
 新しいURLは
 http://6239.teacup.com/feuille/bbs

 感想・ご要望などお待ちしています。

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転載には許可が必要です。

編集・発行:あんどうちよ

Copyright(C)2004 Chiyo ANDO

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