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*** 欧 州 映 画 紀 行 ***
                 No.023
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★心にためる今週のマイレージ★
++ 絵画美から空想世界へ ++

作品はこちら
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タイトル:「ミツバチのささやき」
製作:スペイン/1973年
原題:El Espíritu de la colmena 英語題:The Spirit of the Beehive

監督・共同脚本:ヴィクトル・エリセ (Víctor Erice)
出演:アナ・トレント、イザベル・テリェリア、
   フェルナンド・フェルナン・ゴメス、テレサ・ジンペラ
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■STORY
スペイン内戦直後1940年。カスティーリャ地方の小さな村が舞台。
ある日、村に巡回移動の映画がやってくる。今回の映画は「フランケンシュタ
イン」だ。
6歳の少女アナは、姉のイザベルと一緒に見に行った。映画の中の怪物に魅入
られたアナ。怪物のことをイザベルにしつこく尋ねる。

イザベルは、怪物に見えるのは精霊で、森のはずれの一軒家に住んでいるのだ、
と教えた。それを信じたアナは、精霊会いたさに、その家を何度も覗きに行く。
ある日、そこには内戦から帰った負傷兵が潜伏していて……

■COMMENT
私が好む映画は、脚本が割とかっちりしていて、物語がうまくきれいにまとまっ
ているもの。人間模様を緻密に描いた、登場人物の会話や表情に一喜一憂、心
をときめかせる、一本の物語がきれいにつながっているようなのが好きだ。こ
のメルマガでも、「物語」という言葉がよく出てくると思う。それは、半分は
「好きだからつい」というクセ、半分は「好きなことを伝えよう」と意識的に、
である。
そんな好みも、「基本的に」であって、例外もある。この作品はその例外のひ
とつだ。

精霊の存在を信じる幼いアナが、空想の世界と現実の世界を行ったり来たりす
る。軸はこの話だが、これが素直に「物語られる」ことはない。姉、父母、ま
わりの人々の様子が、必ずしも、アナの精霊の話とクロスするわけではなく、
淡々と映し出される。一定の物語に沿っていくのではなく、いくつものエピソー
ドをひとつひとつ映し出し、何層にも重ねていくことによって、作品世界を作
りあげている。

そのエピソード群を映し出す映像が、たまらなく美しい。
映像がきれい、というのにも色々ある。たとえば、ミュージックビデオのよう
に、スタイリッシュであるとか、色彩に富んでいるとか。この作品の場合、ひ
とつひとつのショットが、絵画のようなのだ。
前髪をたくしあげられったアナや、画面の奥の方にドアが見える構図には、思
わず、「あ、ベラスケス」とつぶやいた。
静かに芝がそよぐ様子が長ーく映されるのも、ちっともたいくつではない。

美術館で、大好きな絵を好きなだけ見てきたあとのような、眼福である。
とにかくうっとり。

絵との関連はもうひとつの側面を持っている。アナの家に飾られた静物画は、
どうやら「ヴァニタス画」のようだ。
私は絵画に造詣が深いわけではなく、かなり怪しいが、簡単に説明を。
(もしも間違いがあったらお知らせ下さい)

「ヴァニタス画」とは、人生のはかなさをテーマに、時計や果物、楽器など、
描く対象に、隠された意味を託した手法の絵画。17世紀から18世紀に流行した。
ドクロで死そのものを、燃え尽きるロウソクや砂時計などで、時間の過ぎ去る
ことをあらわし、それらを組み合わせて、人生のはかなさを表現する、などと
いうのが典型的だろうか。そこに、虚無(つかの間の享楽)としての果物や、
楽器などが配されたりもする。

そんな絵が登場するだけでなくて、この映画自体が「ヴァニタス」の手法で作
られているのだ。アナが負傷兵に差し出すリンゴや、父の大切にしている時計
など、作品中にいくつもヴァニタス風「暗示」がある。
内戦で荒廃した家族の心、時代の雰囲気が、不思議な形で伝わる。

そして、この何かを象徴しているかのような事物や映像を、どう組み立てるか、
は、観客にゆだねられている。かっちり物語が作られているのではなく、解釈
のしようによって、どうにでもとれる性質がこの作品にはある。だから、やや
もすれば難解にも感じられるかも知れない。

でも、無理にそこから、つじつまを合わせて物語を組み立てる必要もなくて、
ただ、絵画のように美しい映像を見ているだけでも十分だし、ふと表れる何か
の隠喩にイメージをふくらませてもいい。
私はただただ、好きな絵をながめるように見た。そして、たまに、何かがあり
そうな象徴的な映像に、ただ「あっ……」と頭の中で叫んだ。

スペインの田舎の風景はのどかで、内戦などウソのよう。養蜂家の家らしく、
ハニカム模様の窓がかわいらしい。インテリアも、レトロな雰囲気を、真似し
たくなりそうだ。

■COLUMN
誰にも邪魔されない、自分だけの空想の世界。幼い頃には誰でもそんな世界を
持っていて、悲しいときや、寂しいときは、そこに逃げ込んだものだ。親や兄
弟や、親しい仲間にも邪魔されないような世界だから、友人達と話すことも少
ない。だから、その存在は、あまり表立っては語られないけれど、きっとみん
な持っているはず。

でも、空想の世界にはまりやすいか否かは、個人差がある。私は間違いなく、
はまりやすかった方。お風呂のタイルやら、天井の染みやら、人の顔っぽく見
えて、なおかつそれが優しそうなら、それは私を見守り、味方してくれる女神
だと信じようとしていたり、この世の他にもうひとつの世界があって、そこに
私の分身がいて、辛いことは、そっちで引き受けてくれている、などなど、数々
のあり得ない空想をしたものだ。

近年、ゲームや暴力シーンの多い映像などのせいで、現実と虚構の世界が区別
できなくなる、などということがよく言われている。しかし、空想の世界には
まりやすい私に言わせれば、別にゲームなどが特別なんじゃなくて、別世界に
行っちゃいがちな人は、文部科学省が推薦するような本を読んでも、有名絵画
をじっくり見ても、別世界に行く。

寂しさや辛さをやり過ごしたり、邪魔されずに過ごすために、別世界を用意す
るのだから、それは、空想好きな子どもの、正当な生きる術だ。

ただし、年齢を重ねるにつれ、人は、その世界は、自分の空想であって、他の
人には見えないし、現実とはちょっと違うのだ、ということを学んでいかなきゃ
ならない。
辛くて悲しくて、別の世界に行っちゃってもいいけれど、しっかり歩んで帰っ
てきて、現実の明日に備える。それが肝心。ゲームやらのせいで、現実を見失っ
てしまう人がいるのだとすれば、「あっち」から帰る歩をきちんと身につけな
かったのだろう。

主人公アナは、今まさにその「歩」を身につけている最中。自分の避難所を大
事にしながら、上手に大人になってほしいけれど、どうなるのだろう。作品に
は長じたアナは描かれない。そこは私の空想にゆだねなければ。

■お知らせ
ホームページに、新コーナーを作りました。
題して「ネタバレありのつぶやき」。

このメルマガは、映画を「紹介」するのが基本コンセプトですから、ストーリー
の結末などは書いていません。
でも、それでは、言い足りない!ということも出てきまして。今までメルマガ
でお届けした作品について、結末なども含んで、付け加えたいことを書いてい
ます。

作品をもう見た方や、見てないけど結末が分かっても気にしない方など、ぜひ、
お立ち寄り下さい。
http://oushueiga.net/extra/index.html

現在は
「ムッシュ・カステラの恋」
「女はみんな生きている」
「ビヨンド・サイレンス」
の三作品について、「つぶやいて」います。

思いついたときに思いついたことを、と気ままな更新になると思いますが、
更新したときには、メルマガ内でお知らせいたします。

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転載には許可が必要です。

編集・発行:あんどうちよ

Copyright(C)2004 Chiyo ANDO

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