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*** 欧 州 映 画 紀 行 ***
                 No.032
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★心にためる今週のマイレージ★
++ 身を捧げる哀しみと尊さ ++

作品はこちら
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タイトル:「グッバイ、レーニン!」
製作:ドイツ/2003年
原題:Good Bye Lenin!

監督・共同脚本:ヴォルフガング・ベッカー(Wolfgang Becker)
出演:ダニエル・ブリュール、カトリーン・ザース、マリア・シモン、
   チュルパン・ハマートヴァ、フロリアン・ルーカス 
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■STORY
1989年、東ベルリン。アレックスの母は、夫が西側に女を作って逃げて以来、
社会主義教育に全身全霊を捧げてきた。
そんな彼女が心臓発作で倒れ、意識不明に。壁がこわされ、西側文化が流入し、
東西ドイツが統一され……、この社会の動きを知らないまま、彼女は眠り続け
た。

8カ月後、奇跡的に目を覚ました彼女だが、心臓は脆弱な状態、ショックを与
えてはいけない。アレックスは、母に社会がひっくり返った現実を知らせない
ように、必死の画策を図る。

慣れ親しんだ東ドイツの瓶詰めを探しだし、東ドイツの服装とインテリアに戻
し、そしてニュース番組さえ、映画マニアの友人と共謀して作り上げる。
彼の懸命の嘘はどこまで続くのか。

■COMMENT
人を欺くための嘘、人を陥れるための嘘、自らの保身のための嘘。
誰もに嫌われるはずのこんな嘘は、どこにも溢れているのに、誰かを護り慈し
む嘘には、なかなか巡り会えない。
そんな美しい嘘の物語である。

友人にも「くれぐれも内緒に」と協力をあおぎ、誕生日を祝う。教え子達も国
家を讃える歌を歌って励ます。
好物の東ドイツ産ピクルスをほおばり、喜び、満足げに微笑む母。

だけれど、隣室のラジオの音や、屋外に掲げられる広告に、ふと彼女の顔は怪
訝に曇る。その度にあたふたと、アレックスや彼の恋人ララ、姉のアリアーネ
が取り繕う姿は、観る者の笑いを誘う。
嘘をついてばれないように必死に工作するのは、コメディの愛すべき常套手段
である。
嘘がばれるかもしれない「緊急事態」発生時の皆の表情がとてもいい。
笑うと同時に一緒にはらはらさせてくれる。

中でもいいのは、母クリスティアーネの一人「わからない」ていう表情。「東
ドイツ」を信じて生きてきて、壁の崩れた動乱を見ることがなかった人が、何
か得体のしれないラジオの声を聞いた。なにやらカラフルな垂れ幕が目に入っ
た。それってひたすら「わけわからない」んだろうなあ。
そんなひたすらにわからない姿を、決して演じすぎず表現したカトリーン・ザー
スに拍手。実際にこの人は東ドイツの名女優だったのだそうだ。

外は資本主義の嵐が吹き荒れる中、母の小さな病室に静かな「東ドイツ」を作
る。まるで箱庭のように。それは情報統制をし、物資を厳正に規制して流通さ
せ、人々を管理した共産主義体制に重なる。母を思うがあまりに、すでに腐っ
て崩れ落ちた体制をアレックスはもう一度なぞるかのようになっていく。

そんなアレックスのやり方にだんだん乗れなくなる私だったが、そんな観客に
も味方がいる。恋人ララや姉アリアーネ。彼女たちは、欺き続けることに幾度
も反対する。その言い合いがはじまる度に、女達の味方をして私は「そうだよ、
早く本当のことを」とやきもきした。

結局どっちがいいのか。スクリーンの中の当事者達もたやすく解決策が見つか
らなかったように、私にもわからない。受けとめ方は人それぞれ。ひょっとす
ると、男女の考え方の違いなんかもあるかもしれない。

とにかくわかることは、優しさから出た美しい嘘とはいえ、嘘をつけば必ず哀
しみも一緒についてくるということだ。

だけれど、心配なく。この物語では、波乱をおこし人を仲違いに誘い哀しみを
まとった嘘も、くるりとまわってもっと美しい嘘へとかえっていく。

それぞれの立場で違った思いが出てきそうで、家族で観るのにも、恋人と観る
のにもいい作品。あ、もちろん「一人でこっそり」もどうぞ。

■COLUMN
東ドイツと社会主義教育に身を捧げた母と、その母に身を捧げて小さな東ドイ
ツを作ってしまった息子がいて。
さらにこの作品にはもう一人、映画(映像)に身を捧げる者がいる。アレック
スに協力して偽のニュース番組を作るデニスだ。
キューブリックに憧れているらしいデニスは、自宅にビデオの編集機材を置き、
いつか映画監督になるのが夢である。

どこの世界にも、世の中の体制より自分の世界が大切な人がいるが、デニスも
そのタイプだ。世の中のことなど知ったことか、という意味ではない。世の中
がどうなろうと、自分の好きなものは映画で、どんな体制の世にあっても、い
つか自分の映画で人を感動させることが夢。家族でも体制でもなく、映画に身
を捧げる人間だ。

アレックスを助けるために偽ニュースを作るけれど、彼の場合は友人やその母
を思う気持ちよりも、クリスティアーネという一人の観客を信じ込ませてやろ
うという気持ちが強い。自分が撮って編集した映像の力で、ありもしないもの
をあると思わせたい。アレックスとの共同作業ではあるけれど、ただ母が東ド
イツの崩壊に気づかなければいい、と思うアレックスと、そのたった一人の観
客がどんな反応を見せたのか、気になってしかたがないデニスとでは、温度差
がある。
デニスの映像のおかげで、アレックスの素敵な嘘は成り立ったのに、デニスの
映像に捧げる気持ちは、最後まで微妙に一方通行だった。

この作品の日本語版ホームページをのぞいても、キャスト欄にデニスとそれを
演じたフロリアン・ルーカスの名はなぜかない。
監督の若い頃がモデルかとも思わせるこのキャラクターが、私はとても好きだ。
だから、ちょっと長くなったけれど、出演者の欄にはどうしても入れたかった。

何かに身を捧げることの哀しみと尊さとを、身をもって示した第三の人物とし
て。

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編集・発行:あんどうちよ

Copyright(C)2004 Chiyo ANDO

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