一覧へ ←前へ →次へ 登録フォーム HOME


============================================================

*** 欧 州 映 画 紀 行 ***
                 No.034
============================================================

あけましておめでとうございます。
本年も「欧州映画紀行」を、どうぞよろしくお願いいたします。

「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★心にためる今週のマイレージ★
++ どうにもできぬ痛みを力に ++

作品はこちら
----------------------------------------------------------------------
タイトル:「しあわせな孤独」
製作:デンマーク/2002年
原題:Elsker dig for evigt 英語題:Open Hearts

監督・原案:スザンネ・ビエール(Susanne Bier)
出演:ソニア・リクター、マッツ・ミケルセン、
   ニコライ・リー・カース、パプリカ・スティーン、
   スティーネ・ビェルレガード
----------------------------------------------------------------------
  ケータイ等に作品の情報を送る

■STORY
偶然の出会いから、運命が狂い始めた4人の男女の物語。

女性コックのセシリと博士号取得目前のヨアヒムは、結婚を控え幸せの絶頂に
いた。
ある日、セシリの目の前でヨアヒムは交通事故に遭い、首から下が不随となっ
てしまう。彼は絶望のあまり、セシリと口をきこうとせず、彼女が見舞いに来
てもひどい言葉をあびせて拒絶する。

一方、ヨアヒムを轢いてしまったマリーの夫は、運び込まれた病院の医師ニル
スだった。恋人が寝たきりになり、受け入れてももらえず傷つくセシリに、ニ
ルスはなんとか支えになろうとする。マリーも責任を感じているから、夜中に
呼び出されても、「側にいてあげてほしい」と夫を送り出す。

しかし、セシリを支えようとしたニルスの気持ちは、しだいに恋愛へと変貌し
ていく。

■COMMENT
消化に時間のかかる映画だった。体調の悪いときにはやめておいた方がいいか
もしれない。
上のストーリーを読んでいただいたらわかるとおり、物語の内容だけみると、
べたついた感じのメロドラマだ。いい評判は聞いていたものの「ハズレじゃな
いのー?」なんて思いながら、半信半疑での鑑賞だった。だけれど見始めてす
ぐに「疑ってすみません!」の気持ちになった。単なるメロドラマなんかでは
なくて、心の奥にしんしんと迫る素敵な作品だ。

私がこの作品にあまり期待しなかったのは、「ドグマ95」手法の作品であった
ことも一因である。
「ドグマ95」とは、CGを駆使した現代の映画作りに異を唱え、原点に立ち返る
ようデンマーク出身の映画作家が提唱した手法だ。「すべてロケーション撮影
で行う」「人工照明は禁止」「手持ちカメラを使う」などの約束事を守った作
品だけが「ドグマ95」の認定を受けられる。そうした枷をはめることで、人間
の描写に力を入れようという意図があるらしい。

で、私がたまたま見たことのある「ドグマ95」作品は、どれもあんまり気に入
らなかったのだ。
だけれどもこの「しあわせな孤独」は、少し揺れる手持ちカメラが、人物の心
をうまく捉えている。ドキュメンタリーにも見えるスタンダードサイズ(これ
も約束事の一つである)での自然な映し出しは、時にフィクションであること
を忘れさせてくれ、私は本気で身を乗り出し、あるいは本気で目を背けた。
今は、他の「ドグマ95」シリーズをもっと見てみようと思っている。

婚約したカップルと3人の子どもに囲まれた夫婦。幸せであふれていた画面が、
不慮の事故によって一転、痛みであふれる。事故自体の悲劇も、その後の恋も、
とにかく痛さがひしひしと伝わってくる。

誰も責められるべき人はいない。セシリが絶望的になってニルスにすがってし
まうのもよくわかる。ニルスが少しずつセシリに本気になっていく姿は、眉間
に皺を寄せて「だめだよ、それは。辛くなるだけなんだから」とつぶやきなが
ら見たけれど、ニルスの自分の気持ちをどうしようもできない事もよくわかっ
てしまう。もしもニルスがプレイボーイだったなら、そんな痛さは感じないの
だけれど、妻に一途で子どもに優しくて真面目な彼だから、辛いリアリティが
ある。

事故も含めて、誰も悪くはない。少しずつ皆が不注意であったのかも知れない
が「あれは事故だった」。本気で人に恋してしまったことも、事故のようなも
の。責められる人はいないのだ。誰も悪くはないのに、辛くて悲しいことはあ
る。ほんのささいなことから、悲しくて辛い新しい運命が突然はじまる。

平穏を疑わずに生きている私にも、何か大きなうねりに突然襲われることはあ
るだろう。私がこの作品を見ている間ずっと、横でひっくり返って居眠りして
いた高いびきのこの夫も、突然運命を変えるような恋愛に出会ってしまうかも
しれないのだ。見慣れた世界を違う姿に見せてくれる映画でもあった。

それぞれの人物の辛さに、行く末を心配しながら見た私だったが、痛んだ人々
で最後までが埋め尽くされているわけではない。この作品がメロドラマに終わ
らなかったのは、パートナーの元を去った者も去られた者も、身体に傷を負っ
た者も、それぞれが自分の力で新しい運命を受け入れ、前へと進んでいくから
だ。心配するよりも、最後は逆に元気づけられた。

■COLUMN
しばしば登場する青い色調が印象的だ。
人工的な光を使わずに出したこの青さは、日本の風土では、都会でも田舎でも
出ないのではないかと思う。冷たい空気がピンと張りつめた、長い夜が昼間に
も忍び込んだような色。デンマークならではの彩と感じた。

画面に映し出されるオブジェも意識的に青を使っているようで、病院の椅子や
テーブルは、いかにも北欧といった、機能的なデザインで、深く清楚な青が効
いている。病院の壁も青が落ち着いていて、でも寂しげにはならない、いい色
だ。

デンマークぽさといえば、ニルスのかけているメガネが気に入った。シンプル
で、少し四角張ったレンズが知的で、細いフレームがいかにも顔にフィットし
そう。
先日メガネを買いに行ったときに、試しにかけてみたデンマーク製フレームの
かけ心地を思い出した。結局買わなかったけれど、余計な飾り立てがなくて、
けれどフォルムに気が利いていて、軽くて負担にならない。もう1本買うなら、
持ってみたい魅力があった。

デンマーク映画だからデンマークのメガネをかけているとは、全然言えないの
だけれど、繊細で実直で知的なニルスのキャラクターと、私の知っている「デ
ンマークのメガネ」はうまく一致したのだ。
なのに、セシリに会いに行くここ一番の場面で、なぜか彼はメガネを外すんだ
な。一般的にメガネは恋愛とは仲のいいものではないのは確かだが、メガネか
けている方がニルスはずっとセクシーだと私は思う。

これぞデンマーク、と思わせる景色はないのだけれど、あちこちにデンマーク
的センスかな、と思わされる小物が散らばっている。こんな感じでヨーロッパ
を感ずるも、またよし、である。

■参考図書
「ドクマ95」の説明に関しては以下の書物を参考にしました。
MOOK21『ヨーロッパ映画 1895→∞』共同通信社

---------------

感想・問い合わせはお気軽に

転載には許可が必要です。
リンクは自由です。

編集・発行:あんどうちよ

Copyright(C)2004-2005 Chiyo ANDO

---------------

一覧へ ←前へ →次へ 登録フォーム

HOME