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*** 欧 州 映 画 紀 行 ***
                 No.035
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★心にためる今週のマイレージ★
++ 別の人生を歩むことができたなら ++

作品はこちら
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タイトル:「列車に乗った男」
製作:フランス・ドイツ・イギリス・スイス/2002年
原題:L'homme du train 英語題:The Man on the Train
 
監督:パトリス・ルコント(Patrice Leconte)
出演:ジャン・ロシュフォール、ジョニー・アリディ
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■STORY
舞台はフランスのとある田舎町。
引退したフランス語教師と、流れ者の泥棒。まったく対照的な二人が偶然出会
い、互いの生活に惹かれてゆく。

古風なインテリアをほどこした大きな屋敷に一人住むマネスキエは、生まれた
町を出ることなく、近所の中学生に個人教授をして静かに暮らしている。一方、
銀行強盗のためにローカル線に揺られてこの地にやってきたミランは、ひとと
ころに腰を落ち着けたことがない。
泊まるところのないミランをマネスキエは家に招き、土曜にそれぞれ、心臓の
バイパス手術、銀行強盗を控えて、三日間の濃密で不思議な友情劇が幕を開け
る。

■COMMENT
誤解を恐れずに言うなら、これは大人のおとぎ話だ。

思いがけない偶然の出会いに惹かれるのは、うら若き乙女の専売特許ではない。
ふとした出会いが自分を変えてくれるのではないかと、年老いた者も、もう若
者ではないなという人も、心のどこかで思っている。

別の人生を生きてみたいと思うことも同じ。
どんな人でも、別の生き方があったかもしれないなと、頭の隅に疑問符をひっ
かけているものだから、違う境遇の相手に憧れる二人の主役に共感するところ
は多いはず。

真面目で変化のない教師生活をしてきたマネスキエは、ダーティな雰囲気をも
つアウトローに憧れて、ミランの手伝いをしたいと言い出したり、どこかに根
を張ったことのないミランは、室内履きでパイプをふかすような生活に、足を
踏み入れてみたくなる。
こんな風に、自分が生き得ない人生を夢想することは、誰にでもあることだ。

誰もが心のどこかで憧れていることを素直に見せてくれるのは、そう、汝の名
はおとぎ話なり。

ミランの革ジャンをこっそり着て、西部劇のヒーローを演じて楽しむマネスキ
エ。強盗を計画している割には、冷静で世を達観とした風のミラン。現実離れ
と、ありそうなところの中間をうまく、うまく描き出す。二人の惹かれる過程
も、あまりにもリアリティに溢れていると、せっかくの物語はさめてしまうし、
あまりにもサプライズに溢れていれば、まるで別世界の話になってしまう。

そんなことあり得ないよねー、と思った瞬間、いや、あるかも、と思い直し、
あるな、と断定した瞬間に、あ、やっぱりないよね、と思うような、絶妙なバ
ランスの上に、キャラクターとシチュエーションが立っている。

もう若くはない男二人の友情の物語というと、枯れるに懲りない男達への讃歌
かと思われがちだが、人生に少しでも夢と後悔を残す人なら、誰にでもおすす
めできる佳作だ。ただし、これは「大人の」おとぎ話であることをお忘れなく。
結末は子どもの菓子のようにたやすくはない。

■COLUMN
作品の日本語版公式ホームページに掲載されているインタビューの中で、監督
のルコントは物語の設定について聞かれ「あり得そうもない出逢いは、むしろ
映画史のほぼ半分を構成していますよ」と答えている。
http://www.wisepolicy.com/l_homme_du_train/

なるほど、私が今まで紹介した作品でも、変わった出会いが少なからず見られ
る。

No.005「マドモワゼル」ではこの作品と同じように薬屋の客同士として知り合
い、No.012「女はみんな生きている」ではヤクザに追われている娼婦の前を主
人公が偶然通りかかることが物語のはじまりだった。
前回紹介した「しあわせな孤独」も出会い頭の事故から運命の狂いははじまっ
た。

出会いがあり得なさそうでも、その出会いが運命的だった、親密になるのが必
然だった、と思わせるのが映画の力で、様々な作品を思い浮かべて、作り手と
いうのはうまく運命を産み出すものだな、と思う。

私の人生を振り返ってみても、そんな変わった出会いは見あたらない。出会っ
て親しくなったのは、学校の友人であったり、職場の同僚であったり、語学学
校やサークルの仲間であったり。
同じクラスや職場にいる、ということがすでにすごい偶然、とも言えるのだか
ら、どんな出会いも偶然ではあるけれど、学校や仕事場やサークルなら、そも
そも接点があるのだし、そこで出会って恋におちたり長年の友となったりする
ことは、別に変わったことではない。
たまたま道を聞いた人と仲良くなったり、そば屋で相席にされた人と意気投合
したり。そんなことが現実になったら楽しいだろうとこっそり憧れてはいるけ
れど、日頃から人に構われるのを面倒くさがっている私からは、あり得る出会
いも逃げているかもしれない。


そういえば、原題を思いきって短く直訳してみると「電車男」。例のベストセ
ラーと同じだ。あの話も偶然の出会いが人間とその運命を変える物語(ドキュ
メンタリー?)である。
「ふとした出会いが自分を変える」。それはみんなが密かに持っている願望で、
そこをふいに突かれると、けっこう簡単に感極まってしまうものなのだ。

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編集・発行:あんどうちよ

Copyright(C)2004-2005 Chiyo ANDO

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