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*** 欧 州 映 画 紀 行 ***
                 No.036
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★心にためる今週のマイレージ★
++ 赤茶の山は争いをただ見つめている ++

作品はこちら
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タイトル:「コーカサスの虜」
製作:カザフスタン・ロシア/1996年
原題:Кавказский пленник(Kavkazskij plennik)
  英語題:Prisoner of the Mountains

監督・製作・共同脚本:セルゲイ・ボドロフ(Sergei Bodrov)
出演:オレグ・メンシコフ、セルゲイ・ボドロフ・Jr.、
   スサンナ・マフラリエヴァ
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■STORY
トルストイの同名短編小説を、現代のチェチェン紛争に設定を置き換えた物語。

ロシア軍のサーシャとワーニャは、チェチェン軍の待ち伏せにあい、捕虜となっ
てしまう。息子がロシア軍の捕虜になっているアブドゥルが、息子と交換する
ために彼らを金で買った。

捕虜生活は、足かせをはめられてはいるが、食事はきちんと与えられ、悪い待
遇ではない。
滞在するうちに、二人は、周りの人たちと少しずつうち解けていく。
やがて、ワーニャとアブドゥルの娘・ジーナの間には淡い恋心も生まれるが……。

■COMMENT
「コーカサス」とは、現在では現地読みに近い「カフカス」と呼ばれる黒海と
カスピ海に囲まれた地域である。 ─ 以下地域名はカフカス
そのことと、チェチェン共和国がそのカフカスにあることを、無知な私は知ら
なかった。だから「チェチェン紛争に設定を置き換えた」と聞いて、例えば、
ベトナム戦争をテーマとした原作をイラク戦争に置き換えるというような、過
去の別の場所で起きた戦争を、現代により近いものに置き換えてみせているの
かと想像していた。

原作を読み、カフカスの場所を確認してから、ほとんど同じ場所で、130年も前
からずっと続く戦争が題材になっているのだと気づいた。
映画でも原作でも捕虜の二人にとって、イスラム系の民族はどこか不思議で得
体の知れないもので、その習慣も風俗も風の噂でしか知らない。それは130年前
と変わらない。
カフカスはひじょうに広い場所であるため、トルストイの原作が、チェチェン
一帯をモデルとしているのか、カフカスの中でも、もっと別の場所を舞台とし
ているのか、はわからない。だが、ロシアとこの地域に昔から住む民族との間
に絶えず争いがあったことは事実である。

敵として異民族として、チェチェン人を警戒する捕虜の二人だが、しだいに周
りと親交を交わしていく。その様子は、私たちが誰かと知り合って、少しずつ
個人的な話をしはじめて、しだいに仲良くなっていく、その過程と変わらない。
敵も味方も、どこにでもいる普通の人である。軍として組織されていないチェ
チェンの集落の中では、人間同士の感情がまだしも通じている。敵同士という
立場を超えて、一人の人間として相手に対することは可能なのだ。

しかし、国という大きな組織に、それが通じるとは限らない。そして国という
大きな組織から離れて、ただの一個人になることは普通の人には難しい。

原作とは全然違っていると私が感じたもの。
それは、チェチェン人にはチェチェン人の生活と主張と正しさがあって、彼ら
は皆と同じ人間であるという視点が、映画の作り手にも観客にもあるというこ
と。原作では「ジーナがかわいかった」「人の好い者もいた」というヒューマ
ニズムは見られるが、カフカスの人たち全体への視線はない。それはトルスト
イ個人の考えがどうということではなく、時代の限界だろう。
「蛮族」の都合を考える発想などかつては存在しなかった。

昔から人間は愚かな戦いを繰り返し、技術の発展とともにその傾向はいっそう
強まるように見える。しかし、こんな映画を見れば、迫害された人の側に目を
向ける力が私たちには備わってきたのだ、と思う。さじを投げるにはまだ早い。
130年前よりは弱者や少数者に目を向けることが、人間はできるようになってい
るのだ。

■COLUMN
戦争が題材となっているとは思えないほどに、自然描写が美しい作品だ。戦渦
のため、チェチェンでの撮影はできず、実際には隣接するダゲスタン共和国で
ロケは行われたという。続く山々には木が生えず、赤茶けた乾燥色が目立ち、
スイスやイタリアの山々とはまた違った悠久さがあって圧倒される。そんな山
を見下ろす視界は、日頃感じる旅情とはまた異なった空気を運んでくれる。
「緑」に自然を感じることが多い私たちだが、こんな自然もあるのだと寡聞を
軽くからかわれるかのようだ。

境界線をどこに引くのか、あまり意味のないことにも思われるが、ここは限り
なくアジアに近いヨーロッパ。ふだん、このメルマガで紹介している作品の景
色とは、やはりどこか異質である。文化や風俗も一風変わる。幾何学模様のか
わいいこの地方の伝統的な衣服にも目を奪われる。
全体的に画面をくすんだ暗い色が支配する中で、ジーナの着る服は色鮮やかで
印象的だ。赤が風に吹かれる様子が、その色のイメージに似ず清楚で、この村
でのゆるやかな時間の流れを思わされる。そして印象的な赤色をくっきり締め
るように配色された黒。

ファッション誌を見ると「パリ・ミラノ・ロンドンの街角ファッション」など
と題して、ヨーロピアンのおしゃれを盗めとばかりにその辺を歩いている人々
の写真を載せていたりするけれど、「カフカス地方で出会った少女」なんての
もけっこういけると思う。衣装そのものはまねできなくても、スカーフやマフ
ラーを使うときの色づかいやフォルムにインスピレーションをもらうなんて、
かっこいいと思うのだけれど。でもそれはファッション誌ではなくて芸術雑誌
の役割なのかな。

めったに出向けないし、めったにマスコミも紹介してくれない、そんな土地の
雰囲気を味わえるのも、映画の醍醐味の一つだ。

■参考図書
河出書房新社『トルストイ全集13 民話と少年物語』収 「コーカサスのとりこ」
を原作として読みました。この本は現在は絶版となっています。

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編集・発行:あんどうちよ

Copyright(C)2004-2005 Chiyo ANDO

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2005.01.30参考図書を追加記載
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