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*** 欧 州 映 画 紀 行 ***
                 No.038
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★心にためる今週のマイレージ★
++ 父が息子を認めるとき ++

作品はこちら
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タイトル:「リトル・ダンサー」
製作:イギリス/2000年
原題:BILLY ELLIOT

監督:スティーヴン・ダルドリー(Stephen Daldry)
出演:ジェイミー・ベル、ジュリー・ウォルターズ、
   ゲイリー・ルイス、ジェイミー・ドレイヴン
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■STORY
イギリス北部の炭坑の町。11歳のビリーは、炭坑夫の父・兄と、祖母とで暮ら
していた。ビリーはボクシング教室に通っていたが、隣でやっているバレエ教
室にふと興味を持った。

踊ってみると楽しい。先生も才能を認めてくれ、名門バレエ学校の受験を勧め
てくれた。どんどんバレエにひきこまれていくビリーだが、ビリーに男らしく
なって欲しいと願う父や兄は大反対。
ビリーの願いは叶うのか……。

■COMMENT
映画に出てくる炭坑と言えば、ほぼ例外なく閉鎖の危機にある。この町でも閉
鎖に反対するストライキが実施され、炭坑夫達は毎日、経営者と闘い、政治と
闘い、仲間を裏切ってスト破りする輩と闘う。闘う男達は勇ましく、強さがそ
こでは最も尊重される。

そんな町にあって主人公のビリーは、なくした母の面影を慕って、弾けないピ
アノを奏でて楽しむ、異端な存在だ。半分痴呆状態の祖母の面倒をよくみるビ
リーを女手のいない家で、父と兄は重宝がるも、男らしさに欠ける点では不安
を持っている。

はじめ私は、ダンスに魅せられた男の子が家族や周囲の無理解に苦しむ話かと
思った。だから無理解な父たちに怒りながら、ビリーを応援して見るぞ、と構
えて見たわけだ。実際、一面ではそんな話ではある。
確かにビリーはなかなか理解されず、それでもめげずにバレエを続けた。練習
と努力を積んでバレエを自分のものにしていった。誰もが応援したくなる。

ビリーは苦しんでいるというよりも、とにかく自分が好きだと思ったことを、
信じて続けた。労働者階級に生まれて、バレエダンサーをこころざし諦めずに
続けることは、誰にでもできることではない。けれど、本当に好きなものなら
ば、茨の道も登ってゆけるだろう。
父は自分の価値体系にないものを受け入れるために必死に悩んだ。頑固な父な
らば、息子の夢になど関心を示さない選択肢もあっただろう。しかし最終的に
彼はそうしない。父として異端の息子を受け入れるために、何をできるかを模
索した。

そんなわけで、私の心に響いた葛藤や苦労は、ビリーのよりも父のそれだ。
頑固な父と見えた一人の男は、ただの頑固な父ではなく、息子を認めてやるた
めにどうすればいいのか、必死に悩む一途な父だった。

だからいつの間にか私の感情は父の側に溶け込み、家族としてビリーを応援す
る視点へと移っていった。
それは私が、好きなものをただひたすら希求して突き進むような、年齢ではな
くなったからかもしれない。だとすれば少し寂しいけれど、小さき者を見守る
視点を持てる年齢に達したのならば、それはそれで喜ばしいことである。

閉鎖されようとする貧しい炭坑町の、小さいけれども美しい家族の物語。
見終われば家族と話したくなる作品だ。

■COLUMN
この物語は、1984年にサッチャー首相が炭坑閉鎖政策を強行した頃に設定され
ている。
その頃日本では、国鉄民営化が議論の俎上に上がり、かなりのリストラも行わ
れた。多くの労働運動やストライキが起き、国中の議論を呼んだ。
それでも、この作品に見られるような炭坑夫達ほどの激しさはなかったのでは
ないかと思う。

鉄道と炭坑では仕事の種類が全然違うけれど、「全国統一2時間スト」などの
国鉄労組の行うストと、炭坑夫の闘いとではずいぶん様子が異なる。
それぞれの闘いには、それぞれの価値と成果と空しさがあったわけで、比べて
どうしようというわけではないのだが、大きなものに全面的に対決姿勢をみせ
ることは、日本の人々の精神にあまり合っていないのかもしれない。

「スト破り」をして仕事場に向かう裏切り者を乗せた車に、他の炭坑夫が物を
投げ罵倒を浴びせるような「ストライキ」。これを肌で知らないことは、この
ドラマの空気を半分しか理解できていないのではないかと心配になる反面、遠
い国のそう遠くない頃の現実を知るきっかけになってよかった、とも思う。

社会の事情は国・地域・時代で異なる。しかしいつでもどこでも同じなのは、
大きなうねりのなかに地道に生きるふつうの人々が巻き込まれて、その小さな
姿は大きな変化の中で忘れられがちだ、ということだ。


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編集・発行:あんどうちよ

Copyright(C)2004-2005 Chiyo ANDO

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