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*** 欧 州 映 画 紀 行 ***
                 No.045
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★心にためる今週のマイレージ★
++ 持たざる者を支える夢 ++

作品はこちら
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タイトル:「シーズンチケット」
製作:イギリス/2000年
原題:Purely Belter 

監督・脚本:マーク・ハーマン(Mark Herman)
出演:クリス・ベアッティ、グレッグ・マクレーン
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■STORY
イングランド北部の町。ジェリーは15歳。暴力を振るう父から逃げて、病弱な
母と姉の赤ん坊と暮らしている。親友のスーエルも年老いた父と暮らす貧乏な
少年だ。
悲惨な境遇にいる二人だが、地元のサッカーチーム、ニューカッスル・ユナイ
テッドを愛することにかけては誰にも負けない。スタジアムで生観戦をしたい
が、チケットは高嶺の花。一人500ポンドもするシーズンチケットを入手するた
め、いろんな手段で小銭稼ぎがはじまった。

■COMMENT
社会からも学校からも見放された悪ガキが、薬も煙草も断って(!)せっせと
貯金をはじめる。貯金の目的はサッカーをスタジアムで見るため。仕事のない
彼らのこと、収入源は万引きやらクズ売りやら、セコいセコい悪行の積み重ね
である。

人はそれを指してゴロツキと言うのかも知れないが、彼らの会話を聞けば、割
と純粋で、境遇さえ何とかなったのなら、もっと幸せに暮らしているかもしれ
ないのにね、と思わせるキャラクターだ。そして、貯金に対しては2人は大ま
じめで、その健気さに、ちょっとの悪さには目をつぶり、素直に応援して観て
しまう。

自分に欠けているものや資質を必死に補おうとするのは誰もがやること。そも
そもそれは自分に欠けているものなんだから、容易に手に入るはずもなく、努
力しては打ちひしがれ、運を頼っては撃沈し、そんなこんなで日々みんな生き
ている。そうやって自分にないものを愚直に必死に手に入れようとする心は、
誰にでも共通するから、どこかで自分の経験に照らし合わせて観ることができ
るのだと思う。

ところで、この主人公たちに欠けているものってなんだろう。学校に行っては
疎ましがられ、家は貧しく、暴力を振るう親もいて、ソーシャルワーカーもあ
てにならない、まともか否かを問わず仕事はない。つまり、彼らには全てが欠
けている。

全てがない彼らを支えているのが「ニューカッスル・ユナイテッドの試合をス
タジアムで見る」という夢だ。つまりは、そこに彼らの望む全てがつまってい
る。シーズンに渡って試合を見る権利を持てば、今まで誰からも示されたこと
のない「敬意」を払われる対象となる。その町の最も大切なイベントに迎えら
れる人間になる。そして父が息子を連れて行くサッカー観戦は、家族の愛の象
徴でもある。

彼らの境遇は暗いが、一生懸命さがすがすがしく、子どもっぽい失敗にも笑え
る明るい作品。全てに欠ける彼らのチケット入手プロジェクトは、当然のこと
ながら順風満帆にはいかないが、最後にはちょっと驚くハッピーエンドが用意
されている。

■COLUMN
私はたまたま、かなりのサッカー好きである。だから、誰もが共感できると言
い切るのは本当は自信がない。サッカー(野球でもアメフトでもいいと思うん
だが)を見ない人でも、十分共感できるよ、というのは保証できるが、そうい
うものを見ない人の中には、なんでそんなにサッカーチケットが欲しいんだろ
うか、と不思議に思って、根本のところで乗れない人もいると思う。

というのも、私は人生のある時点までは、スポーツにちっとも関心を払わなかっ
た。10年余り前、あるサッカー選手に魅入られサッカーを見はじめて、今では
すっかりサッカーファン。と、数奇な運命をたどっているため、「なんでそん
なにサッカーなんかのために必死になるのかね、テレビで見れば?」と冷めた
気持ちと「どうしてもスタジアムでサッカーを見るんだ、がんばれ」という熱
い気持ちの両方がよくわかるのだ。

私が夢中になったサッカー選手は、Jリーグにやってきたユーゴスラビア出身
の選手だった。誰もが思いつかないようなところにスパンと入るパス、うまく
行ったときに見せる茶目っ気のある笑顔、思い通りに事が運ばないときのいら
だち、軽やかに弧を描いて重くつきささるフリーキック。サッカーにアートを
見る人の気持ちをはじめて理解した。

アイドルに夢中になる経験のなかった私には、はじめてのヒーローだった。試
合を生で見るだけでは飽きたらず、試合前に芝の状態をチェックしに来るとこ
ろまで見たくて、指定席を持っているのに2時間も前にスタジアムに行って胸
を高鳴らせた。
そんな時間からスタジアムにいると、少しずつ観客がやってきて、やがてわら
わらと押し寄せて、試合開始ともなればうねるような歓声がこだまする、独特
の空間の変化を体感できる。いつの間にか、私はその空気そのものが好きになっ
ていた。

私のはじめてのヒーローは、今は引退し母国でサッカー協会の会長を務めてい
る。いまだに彼のトレーディングカードは私の定期入れに収まっているし、た
まに日本にやってきてテレビに出ていると録画するのはやめられない。

得たものは、そのミーハー精神と、サッカーへの興味だけではない。「他人の
やってる試合に何を一喜一憂するんだろう」としか思えなかった私に、掛け値
なしに夢中になって喜んだり悔しがったりする心が残された。そういう熱さを
知ったことは、私の人生にずいぶんと彩りを加えたと思う。

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編集・発行:あんどうちよ

Copyright(C)2004-2005 Chiyo ANDO

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