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*** 欧 州 映 画 紀 行 ***
                 No.048
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★心にためる今週のマイレージ★
++ 偏屈への処方箋 ++
作品はこちら
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タイトル:「約束 ラ・プロミッセ」
製作:フランス/2000年
原題:Le monde de Marty 英語題:Marty's World

監督・共同脚本:ドニ・バルディオ(Denis Bardiau)
出演:ミシェル・セロー、ジョナサン・ドマルジェ
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■STORY
ガンに冒された少年と、脳卒中で全身がまひした老人の交流を描いたドラマ。

10歳のマルタンは、小児ガンのため治療中だが、遊びたい盛り。ほんのちょっ
とでもじっとすることはない。病院でもスケボーを飛ばして、あちこちでいた
ずらを仕掛けている。

いつものように病院中を駆け回っているとき、脳卒中で全身が動かず、話もで
きない老人アントワーヌ・ベランに出会う。蝋人形のように動かず、言葉も発
しないアントワーヌを、なぜだかマルタンはすっかり気に入り、彼のところに
しょっちゅう遊びにいくようになって……。

■COMMENT
ガンに冒された少年と、全身まひで回復の見込みもなさそうな老人の物語。な
んだかものすごく重そうなイメージがあるが、物語はコメディタッチでトント
ンと進む。

老人アントワーヌは、身体を動かせないし、表情も変わらず、話すこともでき
ない。周りも、卒中のせいで何もわからなくなってしまったと思っている。し
かし、記憶は少し混乱しつつあるものの、実は意識はしっかりしていて、一日
中頭の中で、看護師やら医師やら隣の病室の患者やらに悪態をついているわけ
だ。そしてそれがナレーションのように終始映像にかぶせられる。

原題は「マーティ(マルタンのニックネーム)の世界」なのだが、観客の私た
ちがのぞくのは、老人の心の中である。

この老人アントワーヌの悪態がおかしくて楽しい。本当に口に出されて身振り
手振りもつけられれば、乱暴なおじいちゃんにもなりかねないのだが、本人まっ
たく動けずに、表情も変えずに、心の中では思いっきり悪態をついている。そ
のギャップが面白い。マルタンが突然通ってくるようになったときも、顔色ひ
とつ変えずに、心の中では悪ガキに悪態づき続ける。

おそらく、元来の頑固さに病気による記憶障害が重なって、アントワーヌは余
計に偏屈になっている。その心を、押しかけてきたいたずら小僧が、それと意
識せずに溶かしていく。ナレーションのような独白が、その変化を逐一知らせ
てくれる。
変化はとてもほほえましく、それだけに少年にも老人にもタイムリミットが近
づき過ぎていることが、切なくなる。

偏屈で、体も動かず話もしないじいさんと、いたずらざかりの少年の絶妙のか
けあいに、ケラケラ笑っていると、いつの間にかうまいこと乗せられて、最後
にはハラハラと涙をこぼしていた。

長年連れ添った妻シュザンヌ、騒がしい入院患者、脇にいるキャラクターも素
敵だ。いろんな人たちがいろんな形でいる病院という舞台は、特殊なものでは
なく、必死に生きる人と、そこで暮らす人と、そしてその舞台から降りる人が
いる、私たちがいるこの世界の縮図なのだ。

■COLUMN
マルタン少年、ニックネームはマーティ。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」
の主人公マーティにちなんで、おそらく自分でつけたのだと思われる。真っ赤
なダウンベストもスケボーも、マイケル・J・フォックスが演じた主人公に憧
れてのことだろう。

しかしこの趣味、2000年頃に10歳の子どもとしては、渋すぎる、レトロすぎな
いだろうか。アントワーヌにはじめて会ったときも、「スーパーマンみたいで
かっこいい」と表現する。ずいぶんクラシックな例えだ。別に揚げ足をとって
いるわけではなくて、マルタン=マーティのキャラクターが、ちょっぴり不思
議だと思うのだ。

ひょっとして時代設定が少し前なのかな、とも思ったが、他の子どもが着てい
るサッカーのレプリカユニフォームを見ると、そんなに昔の話ではなさそうだ。

今どきの子どもの好きなものといえば、コンピューターゲーム。だから病院で
退屈する子どもを描きたかったら、ゲームは必須のアイテムな気がする。だが、
マーティが夢中になるのは、レゴや、飛行機のおもちゃ。自分でいろいろ工作
したものを病室に飾り立てる器用さも持っている。

水鉄砲(かな?)を構えて、刑事かスパイのように各部屋に忍んでいく「ごっ
こ」を楽しむ。スーパーマリオも彼のヒーローのようだから、ゲームをやらな
いわけではないようだが、少なくとも“今どきの子ども”風な様子は映されて
いないのである。
集中治療室のガラス越しに、医者の言葉を読唇術で読みとってしまうのは、何
かの映画で見てこっそり訓練した成果なのかもしれない。

繰り返して言うが、揚げ足取りでもアラ探しでもない。

自分で何かを作ることが好きで、特殊な能力を秘めたヒーローに憧れる。流行
とは関係なく自分のヒーローは自分のヒーローとして大事にする。ふだんの生
活でも、ひとりでそんなヒーローになりきって楽しむ少し空想好きな男の子。
パッと見は、遊び盛りの普通のやんちゃな少年だが、ひとつひとつ子細に観察
すると、隠れているのはこんな姿だと思う。

思い病気に罹っているという事実も手伝ってか、ただのいたずら好きの子ども
ではない、ある種の屈折を感じる。母親はどうして同年代の子じゃなくてその
おじいさんなのかと、当初は心配するが、アントワーヌをヒーローと見立てた
のも、マーティ独特の世界観。そしてその世界観が、無言で悪態をつくだけだっ
た老人の世界にやわらかい光をもたらした。

かつてのちょっと屈折した空想好き(しかしパッと見、別にふつう)の子ども
として、マーティの世界がもたらした光をうれしく感じるのである。


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編集・発行:あんどうちよ

Copyright(C)2004-2005 Chiyo ANDO

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