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*** 欧 州 映 画 紀 行 ***
                 No.049
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★心にためる今週のマイレージ★
++ 氷の大地を踏みしめて ++

作品はこちら
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タイトル:「ペレ」
製作:デンマーク・スウェーデン/1987年
原題:Pelle erobreren 英語題:Pelle the Conqueror

監督・脚本(脚色):ビレ・アウグスト(Bille August)
出演:ペレ・ヴェネゴー、マックス・フォン・シドー
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■STORY
19世紀末、スウェーデンからデンマークのとある島へと貧しい人々がが出稼ぎ
にやってきた。その中に少年ペレと、その年頃の息子を持つには年老いた父も
いた。
船上でペレは、父から、デンマークの暮らしは豊かで、子どもはずっと遊んで
いられると語られ、目を輝かせる。

しかし、実際に彼らを待っていたのは、農園での過酷な重労働と、差別やイジ
メだった。
辛い暮らしの中で成長していく少年の姿を追う。

■COMMENT
農園で働く者は農場主にとって、搾取の対象でしかない。楽園と信じてやって
きた土地での、永く続く辛い労働、理不尽な差別。ペレの身に限らず、人をこ
きつかい、いびつな人間関係が生じた農園では悲惨なことがいくつも起こる。

見ていて辛くなる、と普通なら形容したいところだが、安易な同情をこの作品
は寄せつけない。たやすく感情移入なぞはさせてくれない。たやすく共感した
り理解したりすることも拒むかのようだ。
じゃあこの作品が観る者を寄せつけない、冷徹な映画かと言ったら、そんなこ
とはない。とっつきにくい難解な映画というわけでもない。

画面は北欧の雄大な自然にしばしば覆われる。ペレやその他の登場人物の内面
に迫っていくよりも、大自然の中にある、人々の営みを描き出していると、私
には映る。

確かにペレやその父や、その他の労働者は、今の私たちの常識から考えればひ
どい待遇に処され、それは物語の根幹だ。しかし、よくよく見れば彼らを使う
農場主とその妻には、それぞれの立場の悲惨さがある。そもそもそんな風に人
間をこき使い、身分に差を設けるシステムの存在が悲しい。

悲しい人間の営みを静かに映し出すこの作品は、安易に誰かに味方することも
無責任に応援することも許してはくれない。ただ、大きな世界のなかにあって、
無力だけれども必死に生きる人間の姿を見せてくれる。

そういう壮大な視点を持つせいだろう。見ているうちに、ふと、なぜ「旦那様、
奥様」と、呼ばれて優雅な暮らしをする人間と、犬のように働かされてなおも
差別を受ける人間がいる状況が解せなくなった。ペレは賢く我慢強い少年で、
他の雇い人にもたくさんいい奴がいる。なのにこの違いは何なんだ?

私の生きるこの時代、この場所にも、威張って当然の人間とそうでない人間の
区別はある。金持ちとそうでない者もいる。そしてその違いを(少なくとも今
その場では)甘んじて受けている。だから、程度の違いはあれ、人間の社会と
はそういうもので、私もそれに慣れているはず。
だが、大きな自然の中におかれた人間として見てみると、そんな所作が不思議
で不可解なことに見えてくる。

150分と、見始めるには覚悟のいる長さだが、一度まわてしまえば、テープ
(ディスク)を止める気にはならない。すっと物語に入り込んで、ペレの行く
末を見納めるまで、この世界に浸ってしまう。

■COLUMN
異国の香りをかぎとるのは、外国作品を観る楽しみのひとつだが、この作品か
らは、バシバシと「気温」が伝わっていくる。劇場で観たとき、北欧の雪と氷
に閉ざされた映像を大画面でたっぷり味わって、暖かい季節なのにすっかり身
体が冷えたことを覚えている。

この寒さは、ペレの辛い境遇の象徴であることはもちろんだが、同時にペレの
心の強さでもある。最後にペレは農園を脱出し、ひとりで自分の人生を作って
いくことを選ぶ。新しい人生に向かって歩む足下に広がる雪原は、力強い出発
への祝福ともとれる。

季節は巡り、つかの間の冬以外の季節もある。一面が雪と氷で覆われる季節が
何度出てくるかで、時の移ろいを観客は知るのである。自然を美しく描き出す
作品は多いが、厳しく凛とした極寒の寒さを、美しいと見せてくれる映画は多
くない。

寒さの苦手な私にとって、冬はいつも、ひたすら春の到来を待つ季節だ。寒さ
が日本よりもずっと厳しく、暗い北欧ではなおのこと、と思っていた。もちろ
ん、日々を暮らす人々には、春を待ちこがれることが多く、だからこそ春や夏
に笑顔がはじけるだろう。しかしこの作品は、冬の景色にこそ見られる美があ
ること、そして春を待たずに、冷気を切って出発する美学を、思い知らせてく
れた。

日本は新緑の季節。外では暖かい日差しが優しく誘う頃に、厳しく強い自然の
美しさを見るのもよい。

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編集・発行:あんどうちよ

Copyright(C)2004-2005 Chiyo ANDO

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