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*** 欧 州 映 画 紀 行 ***
                 No.057
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。


★心にためる今週のマイレージ★
++ その女を成長させたものは? ++

作品はこちら
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タイトル:「王妃マルゴ」
製作:1994年/フランス
原題:La Reine Margot 英語題:Queen Margot

監督・共同脚本:パトリス・シェロー(Patrice Chéreau)
原作:アレクサンドル・デュマ
出演:イザベル・アジャーニ、ダニエル・オートゥイユ、
   ジャン=ユーグ・アングラード、ヴァンサン・ペレーズ
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■STORY
宗教戦争に揺れる16世紀フランス。
王の妹マルゴは、政略結婚を強いられ、新教徒派のナヴァル公アンリに嫁いだ。
婚礼のため多くの人々がパリに集まったその夜、カトリック派による新教徒派
の殺りく「サン・バルテルミの虐殺」が行われる。
町にいる何千人もの新教徒が襲われ、無惨に殺される。

陰謀、裏切り、策略が渦巻く宮廷。そんな激動の時代にあって、マルゴは、新
教徒派の青年貴族との恋をし、愛のない結婚であっても命がけで夫を助ける。
彼女と、その周りの人々の運命を、重厚で美しい映像で描く。

■COMMENT
愛に生きた女性を主人公にしたラブ・ロマンス、なんて宣伝文句の目立つこの
作品なのだけれど、私は、これはマルゴのラブ・ストーリーとは括れないと思
う。確かにマルゴの恋愛は物語の大きな比重を占めている。エロティックな場
面も多いから話題になりやすい。

しかしマルゴ以外の視点も多く、マルゴのいないところで起きた歴史の重要な
場面も多い。宮廷内部では王位を狙う謀略や、兄弟の確執が泥海のようにまと
わりつき、町では無惨な殺し合いがあり、死体が山と積まれる。
この時代の血なまぐさい空気と、宮廷のおどろおどろしい人間関係をしっかり
見つめたのがこの作品だ。

しかしそれでもやっぱり「主役はマルゴ」である理由はある。それは、彼女が
この物語の中で最も成長した人物として描かれるからだ。
物語の前半、兄弟たちとの性的関係もほのめかされ、「男なしの夜など考えら
れない」と町へ出かける彼女は、確かに性に奔放で、「淫売」とさげすまれる
のもふさわしい。だが、後半以降、ラ・モールと恋に落ちてからは、肉体関係
だけではない「愛」を知り、夫とは友情関係という別の形で人間としての交わ
りをもってゆく。

映画が終わる頃ふと気づけば、あの奔放で淫乱だった彼女はどこにもいなくて、
美しさに気高さが加わった女性として映るのだ。

だからといって、ドロドロの異常な宮廷から一人飛び出した悲劇の王妃、なん
ていう単純な図式にできないところが、この映画のいいところ。

どうにもめちゃくちゃに思えた王とその兄弟たち、そして彼らを牛耳る母も、
物語が進むにつれて、彼らなりに大切な情があるのだろうな、と思えてくる。
宮廷に生息するなんだか異常な貴族たちの群れから、精一杯生きる一人ひとり
となって、心に姿が刻まれる。マルゴの夫アンリも、一方では頼りなく一方で
は食えない輩だったのが、いつか、この宗教戦争を終わらせる良王アンリ4世
になるのだな、と印象を残してくれる。

人間とその感情を、精緻に大胆に描いた見応えのある一作。
143分と、少々長いが、雨降りの休日にでもぜひ。

■COLUMN
歴史物だと、史実を知らないと面白くないとか、外国人にはその時代になじみ
がなくって理解できないというようなことが言われたりする。

たしかに一面では本当だと思う。
それはたぶん歴史の流れが頭に入っていると、登場人物の関係や物語の進行を
把握するのに、力を入れなくて済む、ということではないかと思う。だから、
物語の細かいところや、描写の奥まで観察する余裕ができて、作品世界をより
よく理解できることはあるだろう。

じゃ、歴史をよく知らないと、楽しめないか、というとそうではない。
この作品を観てつくづくそう思った。

歴史の知識がなければ、誰がどこで死ぬとか、誰がどこで陰謀を企てるとか、
要するに、先が分からないから、純粋にストーリー展開を楽しむことができる。

私は「ナヴァル公アンリは、将来宗教戦争を終わらせる良王アンリ4世になる」
しか知らなかったので、アンリが逃げのびることができるか、という点ではハ
ラハラしなかった。が、他のところでは予備知識がないので、よく知っている
人から見ると、当たり前すぎるようなところ(なんだと思う、たぶん)でも驚
いたり、ほっとしたり、を繰り返した。

好きな時代の話を、「あの人物をどう描くかな」「謎の事件にどういう解釈を
あてるのかな」、と楽しみに観る。そういう楽しみ方もいい。知識が必要だか
ら、誰にでもできることではない。
同様に、同じ監督の前作と比べたり、同じ時期に撮られた別の作品と比較して
論じてみたり、こんな知識をバックグラウンドにした楽しみ方も刺激的だ。

知識を必要とする楽しみ方は、そうではないものに比べ一段上のように思われ
がち。だけれど、知識に頼らずに、出会った作品にまっすぐに向かい合うこと
も、決してばかにしていいものではない。

人間、蓄えた知識を都合よく忘れたりはできないから、一度身につけた知識が
あれば、自然にそれを動員して作品を理解しようとするものだ。知識を身につ
けた者には、まっさらな頭で作品に出会うことはもはや不可能。予備知識なし
にただ、「その物語」に向かうことは、限られた人にしかできない“ぜいたく”
だとも、言えると思う。

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編集・発行:あんどうちよ

Copyright(C)2004-2005 Chiyo ANDO

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