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*** 欧 州 映 画 紀 行 ***
                 No.063
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★心にためる今週のマイレージ★
++ 老人と子供の出会いはハッピーな化学変化 ++

作品はこちら
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タイトル:「パピヨンの贈りもの」
製作:フランス/2002年
原題:Le Papillon 英語題:The Butterfly

監督・脚本:フィリップ・ミュイル(Philippe Muyl)
出演:ミシェル・セロー、クレール・ブアニッシュ、ナド・デュー
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■STORY
引退し、好きな蝶収集に没頭して暮らす老人ジュリアン。
同じアパートに母一人娘一人の家族が越してきた。
その8歳の少女エルザは、母が仕事や恋に忙しく、いつもひとりぼっちだ。
無愛想で怖そうな風貌のジュリアンだが、エルザはなついて、母の留守中、
ジュリアンの部屋で蝶のコレクションを見たりするようになった。

そんなある日、ジュリアンは長らく探し求めた幻の蝶「イザベル」を探しに
1週間山へ出かける。
年に10日ほどしか姿を見せない蝶に心は躍った。ところが、ふと気づけば、エ
ルザがこっそり車に入り込んで、ついてきてしまっていた。

はじめは追い返そうとしたジュリアンだが、観念し、老人と少女、二人での蝶
探しの冒険をはじめる。

■COMMENT
老人と少女が出会って、最初はぎくしゃくしていろいろあったけれど、しだい
に友情を築き上げていく。
「なぜ、なぜ」を連発するエルザと、時には優しく時には辛辣に応えるジュリ
アンの掛け合いが楽しい。最後には観客もハッピーにしてくれる。小さいけれ
ど、暖かく心に残る物語だ。

物語全体はこのようにシンプルな構造だが、脇のストーリーを作って、ちょっ
と仕掛けてるところがおしゃれだ。
ジュリアンがエルザを蝶探しに同行させたことを、偶然が(エルザのワル知恵
もあるのだが)重なって、親に伝えられなくなってしまうため、下界では「す
わ、エルザ誘拐!?」と騒がれてしまっている。ハッピーなところに落ち着く
んだろうな、と思いながらも、こんなに騒がれちゃって、戻ったらどうするん
だろう、とハラハラできるおまけつき。

そして、シンプルでわかりやすい話に見えながら、よく思い返してみると、語
られていない部分やほのめかしに終わっている部分が多くて、想像力をかきた
てられる。私はそこのところがいちばん気に入った。

ジュリアンはなぜそんなにもおじいちゃんと呼ばれるのを嫌がるのか。単にそ
ういうファミリーごっこのようなものに嫌悪感があるのか、それとも昔の苦い
体験からなのか。
外見は怖そうだけれど、実は面倒見のよいジュリアン、なのになぜ肝心の時に
激高して怒鳴り散らすようなことをしてしまうのか。
ひょっとしたら、この性格が彼に人生をしくじらせたんじゃないのか。

蝶の収集は、お金のかかる趣味に見えるけれど、どうも彼はかつて時計職人だっ
たようだし、同じアパートに貧しい母娘が住むくらいだ。彼の実際の暮らし向
きはどうなっているんだろう。
時折、部分的に語られる彼の過去は、今後エルザに語られることがあるんだろ
うか。

現実世界では、仲良くしている人でも、その人の抱える事情を全部知っている
訳ではない。知らなくても「こうなのかな」と何となく把握して、その関係が
心地よかったり、今ここで一緒にいてする、その会話が楽しいから、それ以上
知らなくても気にならなかったり。
全部説明しきってしまわないところが、登場人物、特にジュリアンを、よき隣
人としてリアルに輝かせていると思う。
夏もそろそろ終わり。澄んだ空気の中に飛び出したい欲求がもぞもぞ頭をもた
げる季節になった。二人の山と高原歩きの情景は、さらにその欲求をかきたて
る、すがすがしいスパイスだ。

■COLUMN
以前読んだ、『いまどきの老人』という英米短編小説アンソロジーのあとがき
で、編訳者の柴田元幸氏が、こんなことを述べていた。
少年小説と老人小説は互いに似通っていて、生産的労働に日々携わり、効率を
重視せざるをえない「大人」の世界の外にはみ出した者同士として、「老人」
と「子供」が連帯するのだ、と。

「老人」と「子供」という一見対極にあるかのようにみえる存在が、実は親和
性が高いということ、読んだときもなるほどと思ったけれど、こうした映画を
見ると、やっぱり、「老人」と「子供」の交流は相性がいいのだな、と思う。

ジュリアン役のミシェル・セローが、偏屈な老人役で少年と交流する映画「約
束」
を以前このマガジンでも紹介した。あの物語も、子供に優しいとは思えな
い老人になぜだか少年がなついて、親しくなっていく様子が暖かい気持ちを届
けてくれ、老人と少年という関係の心地よさを教えてくれるものだった。

老人が主人公となれば、どこか枯れた、寂しげな物語を想像しがちだ。そして、
老人と子供の物語といえば、そんな寂しげな老人を子供が癒す図式をと思い起
こしがち。だが、老人と子供の交流譚は、老いた人が一方的に何かを与えられ
る訳ではない。せちがらい「大人」の世界から自由になった両者が出会って起
こる化学変化。老人と子供の物語の魅力のひとつはそこにあると思う。


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編集・発行:あんどうちよ

Copyright(C)2004-2005 Chiyo ANDO

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