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欧 州 映 画 紀 行
                 No.066
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。


★心にためる今週のマイレージ★
++ 女三世代、それぞれの人生 ++

作品はこちら
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タイトル:「やさしい嘘」
製作:フランス・ベルギー/2003年
原題:Depuis qu'Otar est parti... 英語題:Since Otar Left

監督・共同脚本:ジュリー・ベルトゥチェリ (Julie Bertucelli)
出演:エステル・ゴランタン、ニノ・ホマスリゼ、ディナーラ・ドルカーロワ
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■STORY
旧ソ連グルジアに暮らす、三世代の女性の物語。

エカおばあちゃんは、娘マリーナと孫娘アダと、三人でグルジアの首都トリビ
シに暮らしている。
エカの楽しみは、パリに出稼ぎに行った息子オタールからの手紙を読むこと。
フランス語が堪能なアダが朗読してくれる。

しかしある日オタールは不慮の事故で死んでしまう。おばあちゃんにショック
を受けさせたくなくて、マリーナとアダは、オタールの死を隠し、手紙を創作
しておばあちゃんに聞かせるのだった。
うまく嘘をつきとおせるかに見えたが、エカおばあちゃんは、どこか手紙の様
子がおかしいからと、パリにオタールの様子を見に行くと言い出す。

■COMMENT
フランス語の原書がたくさんあって、別荘も所有している。エカおばあちゃん
の若い頃には、おそらく裕福だったに違いない。しかし、ソ連が解体され、西
側の市場主義が流れ込み、経済が不安定になった今、息子オタールは「医者」
であるにもかかわらず、パリに出稼ぎにいかねば暮らせない。残された家族の
住む家では突然の停電や断水がしょっちゅうだ。

エカはスターリンの時代にはこんな不便はなかったと昔をなつかしみ、マリー
ナは、時代に何もかも奪われて、体制なんて信用していない。夫もアフガンの
戦争で亡くしたのだ。孫のアダの世代では、まわりの友人が西側に飛び出す計
画をささやき合い、国を脱出することを夢想する。

「フランス語」への関わり方も、三世代三様。昔からもつフランスへの憧れを
そのままに、エカは日常でもフランス語を使ってみたりするが、マリーナはも
うフランス好きも正直こりごりだと思っている。アダは、外への憧れの強さか
ら、フランス語を懸命に学ぶ。

オタールの死を隠すことも、マリーナは「ショックを受けさせるわけにいかな
い」と率先して嘘を突き通すのに対し、アダは「本当のことを言うべきだ」と
消極的。たとえばガンなどの重い病気を告知するか、というような場合、若い
世代の方が、本当のことを言う方が本人にとって良い、と主張することが多い
だろう。万国共通の世代差も垣間見られる。

「嘘」というのは重要な装置だけれど、テーマは「嘘」ではなく、グルジアと
いう政動激しいところに住む、三世代それぞれの生き方である。ただ、その嘘、
マリーナとアダのついた嘘以外に、物語の終わりの方でせつなくて暖かい嘘が
追加される。息子の死を隠すことが「やさしい嘘」と言えるのかな、と疑問視
していた私をうまく裏切ってくれた。

独特の盛況を見せるトリビシの市場や自然豊かな景色は、めったに見られない
プレゼント。ライフラインも不安定な市民の暮らしを知ることも貴重な体験だ。
そして終盤、旧ソ連の不安定な国から来た者には、本当にきらびやかに映るパ
リの町も、この地を舞台にした他の映画とは、一風変わった様相を呈していて
興味深い。

■COLUMN
エカおばあちゃん役のエステル・ゴランタンは、85歳で女優になった。
デビュー後コンスタントに出演作を重ね、本作は6作目、この時89歳である。
現在も新しい作品に取り組んでいて、着々とそのキャリアを積み上げている。

これはうろ覚えなのだが、はじめに女優をやってみたのは、「東欧系のフラン
ス語ができる年老いた女性」を募集していたのを見て、なんとなく応募してみ
たのがきっかけだったと、どこかで読んだ。
女優になるまえは、ごく普通の平凡な生活をしていたそうで、人間いくつになっ
ても人生は変わるものなのだな、と感心するやら勇気づけられるやら。30過ぎ
ちゃったとか、もう40も間近とか、そういう言い訳がばかばかしくなってくる。

だけども、85歳からはじめるなんてすごいとか、もう90なのに役者をやってて、
なんていうのも、そもそも老いた人を見くびっていること。あまり大げさに驚
きすぎるのもよくない。

この映画でも、パリの町で一人ででかけてしまったエカを娘のマリーナが叱り
つけたりするシーンがある。きっとどこの家庭にもそういうことはあって、さ
ながら帰りの遅くなった子どもを叱りつけるかのようである。
エカもふだんから、頼れるときにはちゃっかり家族にやらせていることもある
から、うまく老人という立場を利用しているのだが、その影響もあって、まだ
老いていない世代には、老人は子どもに返ったように頼りなく映ることがある。

だけども実のところ、老人は無力なんかではなく、自分の人生を切り開き、事
態をよくしたり、もちろん悪くしたりする力もあるのだ。
エステル・ゴランタンという役者からも、エカという役柄からも、そのことを
教えてもらえる作品であった。

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編集・発行:あんどうちよ

Copyright(C)2004-2005 Chiyo ANDO

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