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欧 州 映 画 紀 行
                 No.072
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★心にためる今週のマイレージ★
++ 話し合って説得して、もういちど話し合って ++

作品はこちら
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タイトル:「点子ちゃんとアントン」
製作:ドイツ/1999年
原題:Pünktchen und Anton 英語題:Annaluise & Anton

監督・脚本:カロリーヌ・リンク(Caroline Link)
原作:エーリッヒ・ケストナー
出演:エレア・ガイスラー、マックス・フェルダー、ユリアーネ・ケーラー、
   アウグスト・ツィルナー、メーレト・ベッカー、
   シルヴィー・テステュー、グードルーン・オクラス
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■STORY
ケストナーの児童小説を原作に、設定を現代に置き換えて映画化。

本名ルイーズ。でも家族も友だちも皆「点子」(生まれてから1年、とても小
さかったことに由来)と呼ぶ、点子ちゃんと、アントンは大の仲良しだ。

点子ちゃんのパパは外科医、ママは慈善事業で世界中を飛び回るキャリアウー
マン。お金持ちだけれど、二人とも忙しくて子供にかまってられない。
アントンの家は母子家庭。ママが病気のため、アントンはママのかわりにバイ
トしてお金を稼いでいる。

二人の友情と、それぞれの家族の物語。子供と一緒にも安心して観られる。

■COMMENT
裕福で何不自由ない暮らしをする点子ちゃんと、母子家庭で母のかわりに働か
ないといけないアントン。大人ならば住む世界が違うと思いがちだけれど、こ
の二人は、家庭環境の違いなんて気にしない。それはこのコンビのキャラクター
のせいなのか、世間のジョーシキにとらわれない子供だからこそなのかは、わ
からない。たぶん両方だろう。

と、書いたけれど、たぶん、アントンの方はちょっとだけ気にしてるみたいだ。
それがある事件にも発展するのだけれど、それは、二人の友情が深まり、家族
の問題の解決のひとつにつながる事件。乗り越える様子がすがすがしい。

点子ちゃんのママは「世界の貧しい子供たち」のために働いているのだが、身
近にある貧乏や、自分の娘の寂しさには関心を払わないという、皮肉な事態が
ある。
貧乏で苦労しているアントンを助けたいと、点子ちゃんが懇願しても、聞き入
れない。

「世界の貧困」と「金のないクラスメイト」は大人のリクツで言えば別物なわ
けだけれど、点子ちゃんはそこを突く。訳知り顔の大人になってしまうと、そ
ういうリクツをうっかり受け入れてしまうが、「貧乏な子供を助けるなんてウ
ソばかり!」ってはっきり言える点子ちゃんがうらやましい。

そして、訳知り顔の大人として、この作品を子供に勧めるとすれば、点子ちゃ
んはその意見を(ぷっちりキレたり、スネたり、紆余曲折はさむけども)、粘
り強く伝えてるってところを推したい。
ママが間違ってると思ったら、正面切って違うと言って、話して、説得する。
曲がったこと、不満に思ったことは、自分の力で変えようと試みること。子供
でも持てる、子供だからこそ持てる勇気の形だ。

家政婦のベルタさんや、家庭教師のロランスなど、脇のキャラクターも生きて
いる。両親に子供と過ごす時間が少なくても、まわりにきちんと味方がいて逃
げ場があったから、点子ちゃんはまっすぐ育ったのだろう。

この作品のDVDは(レンタル用も)ドイツ語字幕を選べるようになっているの
で、ドイツ語を勉強している人にもおすすめ。

■COLUMN
ケストナーの原作は1930年代の物語。本作は、人を尊重することや、貧富の差
を考えることなど、原作にあるメッセージを大切に、かなり大胆に現代版とし
てアレンジしている。こういう作業は別に、小説でやったっていいと思うのだ
けれど、時代などを置き換えてアレンジするのは、なぜか映像化もしくは舞台
化の特権のようだ。

その時代に合わせた「新訳」なんかは流行るけれど、小説そのものを現代の社
会情勢を反映してリメイクしようというものは、パっとは思いつかない。
おそらく「言葉」だけで構成される小説というものは、ちょっと言葉遣いが変
わっただけで、別のものになってしまう。「設定」よりも「言葉でどう表現し
たか」が作品のアイデンティティの中でずっと重きを占めている、ということ
か。

人間関係やエピソード、テーマを借りても、作り直しではなく、新しい作品に
仕立てなくてはならない。そして「新しい作品」は、もうその「新しい作品」
としてアイデンティティを確立し「リメイク」ではない別のものになる。「新
しい作品」たりえなければ、「パロディ」と別ジャンルに括られる。

なんだか、考え出したら止まらなくなってしまった。ループに迷いこみそうな
ので、本作の中で、時代に合わせたからこそ、変更された箇所の興味深いとこ
ろをいくつか。

原作では点子ちゃんのパパはステッキ工場の社長さんだが、映画は優秀な外科
医。社長さんよりも、現代に生きる私たちには外科医の方がエリートっぽさに
リアリティがある。
ママはお芝居に映画にと遊び回っていたのが、現代ならもちろんキャリアウー
マンである。
住み込みの教育係は、ホームステイしながら、自国語を教える外国人家庭教師
と、置き換えられた。グローバルに変身した現代ならではだ。

そして、いじめっこから点子ちゃんを守ったり、勇敢さはそのままのアントン
だけれど、原作と比べると映画版の方が、相対的に点子ちゃんが大人びてしっ
かりしている。
監督が女性であることも影響しているかもしれないが、女の子がリードするこ
とが<物語としてしっくりする>時代を、反映していると思う。


参考:『点子ちゃんとアントン』池田香代子訳 岩波少年文庫060
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編集・発行:あんどうちよ


Copyright(C)2004-2005 Chiyo ANDO

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