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欧 州 映 画 紀 行
                 No.078
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。


★「聞こえない」という装置は、こんなにもドラマを盛り立てる ★

作品はこちら
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タイトル:『リード・マイ・リップス』
製作:フランス/2001年
原題:Sur mes lèvres 英語題:Read My Lips

監督・共同脚本:ジャック・オーディアール(Jacques Audiard)
出演:ヴァンサン・カッセル、エマニュエル・ドゥヴォス、
   オリヴィエ・グルメ、オリヴィエ・ペリエ

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■STORY
難聴のため、補聴器をつけなければほとんど音の聞こえないカルラ。
彼女は土地開発会社で、書類整理や電話応対などの雑務をせわしなくこなす、
孤独なOLである。ある日アシスタントを雇うことになり、人選びも任された彼
女は、自分好みの年下男性ポールを選んだ。

ポールは刑務所帰り。カルラは今まで出会ったことのないタイプの彼に興味を
抱き、彼は彼女の「読唇術」に興味を持つ。遠いところにいる人間の会話を盗
みぎきできたら、大金を手に入れることだってできるんじゃないか。

かくして2人の奇妙な共謀関係が生まれる。

■COMMENT
  大量のコピー、ひっきりなしに鳴る電話、バイク便の受け取りに書類整理。
忙しく単調な作業をもくもくとこなし、同僚から軽視されるつまらないOL、
カルラ。耳の障害もあってか心を閉ざしがちだが、その様子は、共感を呼ぶと
言うよりは、ひねくれてちょっと「性格ブス」になってんかな、と思わされる。

障害があって孤独と言えば、虚弱な女性を思い浮かべるが、カルラは違う。気
の毒な女と言うにはずっとしたたかだ。
その辺りのキャラクター設定がとても上手い。現実には、完全に孤独にうちひ
がれる人も、完全にかわいそうな人もいない。
誘惑されるところを夜な夜な夢想したり、男がいるように友だちに見栄を張っ
たり。イヤな部分も滑稽な部分も同時に持ち合わせるものだ。人物の個性が自
然なリアリティで描かれている。

ポールに出会ってからというもの、カルラは自分の世界を広げだし、自分の仕
事を横取りした同僚の書類をポールに盗ませて出し抜く。そこをきっかけに、
読唇術でマフィアのやりとりを盗み聞き、彼らの金を盗むというポールの計画
に協力することとなる。
クラブに顔を出すようになった彼女は、髪型も化粧も少しずつ派手に。
人生はどこで変わるかわからない。

読唇術で人の会話を盗み聞く、うるさい騒音は補聴器をはずしてしまえば聞こ
えなくなる、かすかな音も聞き漏らさないために補聴器のボリュームを上げる、
等々、「聞こえない」という装置の使い方が全編を通し、スリリングで面白い。

普通ならば出会うことのない異世界の2人が出会って、互いに影響を与えて回
り出すドラマ。緻密に計算された脚本が、テンポよく観客を引きこみ、後半に
はサスペンスに汗握る。終わりには、粗野なポールは頼れるいい男に、いじけ
ていたカルラはすっかりかわいい女に変身している。

カルラ役のエマニュエル・ドゥヴォスは、確かに決して美人女優とは言えない
けれど、不思議に圧倒される存在感がある。フランス映画祭で間近に見たけれ
ど、背が小さめでかわいい、でも嫌みのない威厳をたたえた人だった。

■COLUMN
映画の中でどれくらい時間が経ったのか、改めて考えたら、わからなくなって
いることって多い。映像、言葉、いろんな要素をもっている映画は、時間の経
過の表し方にもいろいろ手法がある。

日が変わるごとに「月曜日」「何月何日」と差し込まれるもの、また、いくら
か物語が進行したのち、2週間後、とか1カ月後とか、字幕で表されるときも
ある。そうしたはっきりした説明はないけれど、長い時間を追うストーリーな
ら、たいがい季節がめぐっていることがわかるような映像が用意されている。

時間の経過が正確にわからなくてもストーリーを楽しむのに支障がない場合は、
小さなセリフや画面の端に、ひっそりヒントが置いてあるようなことも。この
作品はそれだ。
カルラがどのくらいの期間で変わっていくのか、彼らの見張りはどれくらい続
くのか、正確に期間を理解していなくても、物語はわかる。でも、どのくらい
の時間が経ったのかイメージできれば、登場人物はずっとヴィヴィッドにみえ
てくるだろう。

ポールの保護司マッソンの妻が失踪するという事件が2人の傍らでは起こって
いる。そのエピソード、一見2人の物語には関係なさそうにはさまれ、ミステ
リアスな雰囲気をより高めているのだが、これが時間の経過をはかる装置にも
なる。
「昨日から妻がいないんだが」と隣人に尋ねたり、義妹に「1週間帰らない」
と訴えたり、警察に「失踪して3週間」と説明したり。

カルラがずんずんあか抜けていくのは、ずいぶん短期間に起こることなのだ。
ポールとカルラのやりとりをみているだけではわからない、スピード感がつか
める。
こんな細かいチェックは、映画をより面白く観るミソ、である。


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編集・発行:あんどうちよ

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