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欧 州 映 画 紀 行
                 No.082
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★これはきっと、他人ごとじゃない。全然、たぶん。★

作品はこちら
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タイトル:『やさしくキスをして』
製作:イギリス・ベルギー・ドイツ・イタリア・スペイン/2004年
原題:Ae Fond Kiss... 

監督:ケン・ローチ(Ken Loach)
出演:アッタ・ヤクブ、エヴァ・バーシッスル
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■STORY
スコットランド、グラスゴー。
アイルランド系女性とパキスタン系男性の恋を描く。

高校生の妹を学校に迎えに行ったカシムは、音楽教師ロシーンと出会う。二人
は惹かれ合い、恋に落ちるが、パキスタン系移民2世のカシムの家庭は、厳格
なイスラム教徒。カシムには親が決めた婚約者がいて、挙式も迫っていた。
真実をなかなかうち明けられないでいたカシムは、はじめての二人の旅行で告
白。ロシーンは当然激怒する。

一方カトリック系の学校で働くロシーンは、イスラム教徒と交際することで、
仕事を失う危機に立たされていた。

■COMMENT
日本からこのドラマをながめたら、本人の自由を認めないイスラム家庭のしが
らみにイラつくだろう。この21世紀に、親が決めた会ったこともない人間と結
婚するなんて。本人に愛する人ができても、話も聞かないなんて。

ロシーンは、カシムのかかえる「事情」が理解できず、「自分の結婚は自分で
決めたらいい、あなたの家族のことも理解したいから、話したい」と言う。観
ている側はロシーンの目線で二人を見守ることになる。きちんと祝福してもら
えたらいいね、と。

だが、ことはそうそう簡単には進まない。息子が結婚を拒否して家を出たとあっ
ては、異国の地で築き上げてきたコミュニティでの地位は失墜、決まりかけて
いた姉の縁談だって破談になりかねない。そういう「家」の事情を想像すらで
きない(私も含めて大多数の現代の日本人もそうだ)ロシーンに、だんたんと
カシム本人も「君には理解できないんだ」と言い出す。
スコットランドに生まれ育ちながらも、永遠に白人の仲間には入れてもらえな
い移民の立場、小さい頃から侮辱が日常茶飯事だったこと、立場を共有しない
者には想像しがたい現実がある。

二人は愛し合っている。二人でいることは幸福だ。しかしそれはまわりの人も
幸福にするとは限らない。そしてそれは二人が完全に理解し合うことを意味し
ない。

「宗教」が絡んでいる故、ゆるーくなんとなく無宗教、冠婚葬祭でだけお世話
になる人が多い日本の観客は、つい、他人事のように感じてしまう。私もはじ
めはそうだった。
しかし、考えてみれば、宗教が絡んだから事が難しくなるのは、そこに不寛容
や無理解、想像力の限界があるからで、それらは私のまわりにも山ほどあるこ
とだ。

恋人、夫婦のあいだで、背負う文化が異なることはしょちゅうだ。いつも真正
面からそれを話し合って解決できるかといえば、そんなことはなく「微妙でデ
リケート」なアンタッチャブルが少しずつ重なってゆく。

仕事やご近所づきあいでも「こいつ話通じねーよ」とイラつくことが誰にでも
あるだろう。そこを徹底的に話し合うのか、適当にやり過ごして割り切るのか、
よそで悪口を言いまくるのか、対処法はケースバイケースだが、どれをとるに
しろ、イラつくだけでは前に進まない。何かの対処をしなくちゃならない。
理解し合えそうにもないものに囲まれて、理解したくもないものを囲んで、私
たちは生きている。

「それは宗教の問題ね」とレッテルを貼ることで「無理解」から逃れられるわ
けじゃない。宗教の違いと表されるこの映画のテーマは、他人といっしょに生
きていく人みんなの問題なのだ。きっと。

■COLUMN
イギリスの観客には常識でも、日本の観客にはそんなに馴染みがないこともあ
る。ぼけっと観てると、案外気づかないままになってしまう舞台背景が、この
グラスゴーという地だ。

スコットランドは、プロテスタントとカトリックの対立が激しい。この物語は
白人・キリスト教徒と、アジア系・イスラム教徒との恋の物語だが、それが展
開されるグラスゴーの地では、そもそもプロテスタントとカトリックが共存す
ることが難しく、別宗派のカップル同士の結婚となれば、歓迎されないものと
相場が決まっている。

公立学校でもプロテスタント系(無宗派という言われ方をするが)とカトリッ
ク系に分かれ、子どもたちは、別の宗派の子どもと交流することなく育つ。
教師のロシーンが職場で難しい立場に立たされるのも、教会との関係悪化が原
因。学校と宗派は切り離せないのだ。

グラスゴーをホームタウンとするスコットランドの二大サッカーチーム、レン
ジャーズとセルティック(現在、中村俊輔選手が所属しているために日本での
知名度も高い)は、前者がプロテスタント系の人が応援するチーム、後者はカ
トリック系だ。

カシムの妹タハラが、学校で「いかに自分がさまざまな文化に触れ、混ぜ合わ
されたすばらしい存在か」アピールする演説をぶつ。
父は40年住んでもパキスタン人でイスラムで、でも自分はグラスゴーで生まれ
育ったアジア系、カトリック系の学校に通い、「グラスゴーレンジャーズ」の
サポーター! それはすばらしき異文化融合で、まるで大学受験の小論文の問
題にでもなりそうな、今どきの理想なわけだけれど、カトリック系の学校で「レ
ンジャーズ」を最後に持ってきては、大ブーイングを浴びるしかない。

この冒頭の場面にあるように、そうした事情を知らない異国の観客へのヒント
もふんだんに盛り込まれている。その地ならではの事情を知って、感じること
ができる。映画はそんな知的な旅にも誘ってくれる。

参考HP
http://www.koiwascotland.plus.com/scot/japanese/fudaframe.html
http://www.koiwascotland.plus.com/scot/japanese/fu05020.html

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編集・発行:あんどうちよ

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