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欧 州 映 画 紀 行
                 No.083
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ それでも明日も生きなきゃならない、ふつうの私たちがやれること ★

作品はこちら
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タイトル:『今日から始まる』
製作:フランス/1999年
原題:Ça commence aujourd'hui 英語題:It All Starts Today

監督・共同脚本:ベルトラン・タヴェルニエ (Bertrand Tavernier)
出演:フィリップ・トレトン、マリア・ピタレシ、ナディア・カシ
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■STORY
フランス北部の小さな町。かつては炭坑町として栄えたが、炭坑閉鎖後は失業
者であふれている。この町で幼稚園の園長として働くダニエルの奮闘を描く。

不況と貧困の中でも、教育によって子どもを救うことができると信じるダニエ
ルだが、失業中の親は満足に子どもを食べさせられなかったり、真冬に電気を
止められていたり、問題は山積みだ。
今飢えている子どもがいるからと、役所に掛け合っても、「お役所仕事」は十
分に機能を果たさない。
そのそばから予算は切りつめられ、幼稚園のスタッフの負担も限界に近い……

■COMMENT
この映画が日本で封切られたのは2001年9月。ちょうどニューヨークのワール
ドトレードセンターのテロ事件が起きた頃だ。4年半経った今、この作品が扱
うテーマは、日本人にとってより身近でより切実になっているのではないかと
思う。
実際の状況がどうなのかは、私にはよくわからないが、下流意識を持つ人が増
えたとか、将来に希望を持てない層があるとか、少なくとも、メディアでは話
題にされることが多いし「どうもこの社会はそうやって閉塞しているらしい」
という気持ちは、より広く根深く共有されているのではないか。

子どもたちの安心できない状況は続き、給食費や文具代の助成を受ける世帯が
増えているとか、ノートや筆記用具を買い与えられない子どもが多いために、
教師が毎時間用意するという記事も見た。特に地方ではびっくりするような求
人倍率のところも見られ、失業が世襲されるようなこの作品の世界に似たもの
が、よくある話になってしまったらしい。

それでも人間はやっぱり明日も生きていかなきゃならないわけで、目の前にあ
る大変なことのために、今日からでも何かしなくっちゃならない。

ダニエルは特別な人ではない。「幼稚園」ではあるが、おそらく日本でイメー
ジするよりもずっと「教育機関」の要素が強い職場で、目の前に貧困で苦しん
でる子どもがいるから何とかしろ、といろいろなところにかけあう。役所のエ
ラい人にぺこぺこしたりしないで、はっきりとモノを言うストレートな人柄だ
けれど、とにかく問題を解決しようとする、ふつうの熱心な先生だ。何もかも
を教育に捧げた聖人ではもちろんなく、何か斬新な方法でアッと驚く教育改革
をするわけではない。

ふつうの人が、ふつうの職業意識を持って、自分にできることをやる。ふつう
の人にとっては、それ以上のことはできないもので、でもそれだけのことが難
しいもので。
その「奮闘」の姿は勇気をくれるだろう。

■COLUMN
本作には、実際に閉鎖された炭坑町で教師をする人物が原案・脚本に加わって
いる。そのため、この町のできごとや園長の行動にリアリティがあるのだろう
が、私には、その地域性や職業のあり方を超えた人間生活の描き方に、「わか
る、わかる」と苦笑してしまうことが多くて面白かった。

食べられない子ども、アル中の親、朝起きられないからと子どもを連れてこな
い親、役所に出す書類の整理、することがいっぱいで忙しくて、頭を悩まして
いるときに、さらにプライベートでも問題が起こる。または、少しいいことが
あったな、上向きになったな、と明るい兆しを見出すと、仕事やプライベート
や、いろんなところでまた考えなきゃいけないことが起きる。
その中にはすごく大変なこともあるし、当人や身近な人にしてみれば大きな問
題だが人生を一変するような問題ではないものもある。

「今日から始まる」は前向きな言葉だが、あれやこれや難しいこと、今日もま
た始まっちゃうんだ、という意味にもとれる。

ここ2カ月くらい、やること満載で暮らしていた私だが、最近、ちょっと余裕
ができた。余裕ができたから、一日中寝てやろ、とか、どこか旅行にでも、な
んて思ったが、どうしてもやらなきゃいけないことだけを2カ月間やっていた
から、部屋は見事に汚いし、確定申告の書類をそろえる季節になったし、あ、
そういえば母が何かで電話してきたのを、「忙しいから、また」と切ったまん
ま数週間、あの埋め合わせもしなくっちゃ。

あれが終わったらこれ、これが終わったらそっち。確かに何日か前よりは散歩
する余裕なんてのもあるけれど、まだまだ、やることがすっかりなくなること
はなく、こうやってまた時間は過ぎていくんだろう。

子どもたちの人生のために奮闘している主人公を前に、こんなお気楽な共感も
“あんまり”かもしれないが、バタバタした生活感のリアリティが妙に気に入っ
てしまった。
まあ、そういう横道にそれた共感も、結局はテーマへの共感を呼ぶファクター
になるんじゃないのかな。


参考記事
http://www.asahi.com/edu/news/TKY200601020137.html

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編集・発行:あんどうちよ

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