一覧へ ←前へ →次へ 登録フォーム HOME


====================================================

欧 州 映 画 紀 行
                 No.126   07.04.19配信
====================================================

「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ なんの接点もない他人同士がたまたま出会う場所、戦場 ★

作品はこちら
---------------------------------------------------------------------------
タイトル:『戦場のアリア』
製作:フランス・ドイツ・イギリス・ベルギー・ルーマニア/2005年
原題:Joyeux Noël 英語題:Merry Christmas

監督・脚本:クリスチャン・カリオン(Christian Carion)
出演:ダイアン・クルーガー、ベンノ・フユルマン、ギョーム・カネ、
   ゲイリー・ルイス、ダニー・ブーン、ダニエル・ブリュール
----------------------------------------------------------------------------
  ケータイ等に作品の情報を送る

■STORY&COMMENT
1914年、第一次世界大戦下のフランス北部。いわゆる塹壕戦が繰り広げられ、
スコットランド軍、フランス軍と、ドイツ軍が各々塹壕を築いて戦っていた。

クリスマスイブ、ドイツ軍では、人気テノール歌手の兵士が、仲間のために歌
を披露した。その歌声を聞いたスコットランド軍がバグパイプで応え、これを
きっかけにイブの休戦が決まる。3カ国の兵士は、ともに歌い、飲み、食べ、
つかの間の友情を交わす、奇跡の日となる。実話を元にした物語である。

今流行りの(と言っていいものだか、正確にはわからないのだが)群像劇風に、
物語は進む。一見何の関係もなさそうな、3つの国のなんでもない人々の風景。

イギリスには、いよいよドイツに宣戦布告をしたのだと勇んで志願する兄弟、
その姿を神父が我が子のように見守る。神父は彼らを見て、自らも担架兵とし
て戦地に赴く。
ドイツには、戦争の色濃くなるなかオペラの公演をするテノールとソプラノの
カップルがいる。二人はその歌声で奇跡のイブを生み出すことになる。
フランス軍の前線では、身重の妻の写真を眺める中尉。手紙のやりとりもまま
ならず、その後無事子どもが生まれたのか、わからない。

離れた場所で生きていた人々が、戦いの最前線で出会う。最悪の出会いだが、
この日は奇跡が起きた。心も体もボロボロに疲れ、さらにクリスマスくらいは
休みたい、と思う兵士の心に、テノールの歌声がしみじみと響き、敵側への賛
辞が自然にわき起こる。

敵同士で戦っていた者たちが、音楽に誘われて、自然と歩み寄ってゆく光景に
は胸をつかまれる。互いに話してみれば、寒く汚く辛い塹壕で、遠く離れた家
族や恋人をなつかしむ、共通点を持った男たちだ。

つかの間に生まれた兵士たちの友情が美しく、作品の半分のところで、もうこ
んなクライマックスを持ってきていいんだろうか、と心配していたら、美しい
出会いで終わるわけじゃなかった。さらなる交流があり、そして、離れた場所
で生きてきて、この戦場で会った個々人たちは、やがてまたバラバラに、自分
の人生に帰って行く。その光景も、違った揺さぶり方で胸をつかむものだった。

個々人のかかえる事情は様々だが、家族や友人や恋人を愛し、幸せに生きたい、
これはどんな国に生きる人も同じだ。奇跡の夜の後、兵士たちの心は、きっと
そのどんな国にも共通であるものを噛みしめている。

序盤の一人ひとりの描写のところで気を抜くと、誰が誰やらわからなくなるの
で、ちょっと集中して(特に顔をしっかり覚えておかないと)観ることをおす
すめする。

■COLUMN
それぞれの陣地を行き来して、ドイツでは「フェリックス」、フランスでは
「ネストール」と呼ばれる猫がいる。フランス軍の陣で毎日鳴る目覚まし時計
の音が、ドイツ軍にもスコットランド軍にも聞こえる。
こんな「ご近所さん」のように暮らしながら、ドイツと、連合軍は戦っている。

第一次大戦は、飛行機や戦車などの「兵器」がはじめて使われ、毒ガスの使用
もされた。戦争がどんどん「近代的」になった過渡の頃である。しかし、塹壕
戦が中心となっていた最前線は、人が人の顔を見て殺し合いをしていた。

現代の戦争を見れば、技術の進歩(と言うのだろうか!)により、前戦まで赴
かなくとも大量の人を殺せるようになった。もちろん一部の戦争では、今も、
塹壕戦のような直接的殺し合いが残っていて、その悲劇を描いた秀作『ノー・
マンズ・ランド』
は、このマガジンでも紹介した。

しかし、現代の戦争の中心は、安全な基地から飛んでいくミサイルであり、人
の顔も様子も見えない遙か上空から落とされる爆弾である。そして、遠隔操作
で動く無人偵察機は、「攻撃」する準備を着々と進めている。

以前、作家の池澤夏樹が、現代の軍について「効率的に、大量に、見境なく殺
す。しかも、その死体を見もしない。殺すというよりはもっと無機的に「消去
する liquidate 」という感じ」と表現していた。
(メールマガジン「新世紀へようこそ」69号より)

現代は、「人の命を奪う」感覚希薄に、大量に人を消す。しかし、この作品に
描かれた頃ならば、少なくとも、そこに自分たちと同じように人間の顔を持ち、
生きる人がいて、大儀のためにその人の命を奪っているのだ、という現実感は
もう少しあったんじゃないだろうか。

現代には、どんな巡り合わせがあっても、こんな奇跡の夜は起きない。それが
現代人の抱える新たな悲劇のように思う。

話は変わるが、ちょっとうれしかったこと。スコットランド兵が、別れのシー
ンでバグパイプで奏でているのはあの「蛍の光」だった。おお、本当に「スコッ
トランド民謡」。しかも、別れのシーンにふさわしい曲なんだ。と妙なリアリ
ティを感じた。哀愁を帯びたバグパイプの音が、なおいいんだなあ。

■INFORMATION
★アンケートにご協力ありがとうございました!

マガジンが長すぎるのではないかと心配していたのですが、
長いという方はゼロで、ちょっとほっとしています。

新作を取りあげることについては、今まで通りを希望する方と、新作もあると
いい、という方と、いらっしゃいました。
基本的には今まで通りビデオやDVDで観られる作品を取りあげ、たまには新作
も入れてみようかな、と思っています。


---------------

感想・問い合わせはお気軽に。

編集・発行:あんどうちよ

リンクは自由ですが、転載には許可が必要です。
一部分を引用する場合には、連絡の必要はありませんが、
引用元を明記してください。

Copyright(C)2004-2007 Chiyo ANDO

---------------



一覧へ ←前へ →次へ 登録フォーム

HOME