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欧 州 映 画 紀 行
                 No.128     07.05.03配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ チケット片手に、それに乗り込んだなら ★

作品はこちら
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タイトル:『明日へのチケット』
製作:イタリア・イギリス/2005年
原題:Tickets

監督:エルマンノ・オルミ(Ermanno Olmi)
   アッバス・キアロスタミ(Abbas Kiarostami)
   ケン・ローチ(Ken Loach)
出演:カルロ・デッレ・ピアーネ 、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、
   シルヴァーナ・ドゥ・サンティス、フィリッポ・トロジャーノ、
   マーティン・コムストン、ウィリアム・ルアン
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■STORY&COMMENT
巨匠映画作家3人による共同演出作品。ローマへ向かうある列車で起こる、3
つのエピソードは、どれもほろ苦く温かい。

テロの警戒で空港が閉鎖されたため、オーストリアのインスブルックからロー
マに列車で帰ることとなった大学教授。威張り散らす中年女性に、気の弱そう
な青年がうんざりしながらもつき従っている。ローマでサッカーのチャンピオ
ンズリーグを戦うセルティックのサポーターは、ユニフォームを着てすでに盛
り上がっている。

同じ列車で起こるエピソードを描いていて、3編にすべて登場する人物もいる
が、基本的には3つの短編から成る作品だ。とはいえ、バラバラな印象は皆無。
列車というやや特殊な舞台を選んでいるおかげか、3人のすりあわせが効いて
いるのか、一続きのドラマとして自然にしっくりくる。

どのエピソードも魅力的だ。初老の教授が出会った秘書を相手に、どこまでが
事実でどこからが空想なのか判然としないような思いを巡らす様子は、じんと
胸が温かくなるし、2話目の横暴な未亡人の、理不尽なまでに堂々たる威張りっ
ぷりには声を上げて笑った。
そして私は3話目がいちばん気に入ったかな。スコットランドからやってきた
若者たちが、切符をなくすという窮地から難民との交流に至る。ケン・ローチ
の作品と言うと、重いテーマに考えさせられる、ずんと宿題を出されるような
イメージが強かったけれど、こんなに軽やかなコメディタッチのものもあるん
だなあ、と新たな面白さを発見した思いだ。もちろん、社会的な視点がしっか
り根を下ろしているけれど、ラストのふわっと浮き上がる高揚感は、なんだか
クセになりそうで忘れられない。

どの登場人物も、この列車の中で、新たな何かを手に入れる。さりげなく元気
にしてくれる作品だ。

■COLUMN
ゴールデン・ウィークまっただ中。皆さんいかがお過ごしでしょう? このマ
ガジンを旅先から読む方も、今回はいらっしゃるだろうか。格別忙しいわけで
はないけれど、遠出する機会のない私のような者には、旅情をかきたてるこの
映画が「どこにも行けないなあ」と思えば苦く、「東京に留まっているけれど
旅気分に浸れる」と思えば甘くもなる。

旅気分を届けてくれるのはやっぱり列車だ。空港も港も映画に登場すれば旅情
を刺激するけれど、「駅」に叶うものはないと思う。
飛行機のように旅立つ者が隔離されることなく、その地に残る者と共有する空
間と時間が、ゆっくりとちぎれていくのが美しい。旅立った後も、車窓から風
景の移り変わりが見られ、移動そのものに旅を感じられる大きな理由だ。
ごくごく単純に、私が乗り物のなかでいちばん好きなのは列車、ということも
あるのだけれど。

作品中、細かい列車の描写をいたるところで楽しめる。
知らない者同士が長い時間と空間をともにする車両の中、何かことが起これば
視線はするっと同じ方向を向く。しかし人々はまったくの知らない者同士。見
たものに対し、おそらく同じような感想を持ちながら、それを確かめ合うこと
はない。第1話に流れる、事情もその時の気分もまったく違う者同士が、たま
たま同じ列車に乗り合わせる独特の空気は、列車の旅をした人なら誰でも思い
当たることだろう。

細かいところで私がとっても気に入ったのは、2話目で登場人物がアップにな
るときの目の動きだ。車窓の景色をじっと見ている人って、次から次へと流れ
ていく景色を追って、眼球が忙しく右へ左へと動くんだ。そんな動きがじっと
アップで映されたときはうれしかった。間違いなくこの人は列車の乗客だ、っ
て、まるで私もそこに居合わせたような気分になれた。

チケットを握って列車に乗り込めば、そこで何かを見つけられるかもしれない。
列車好きもそうでない人も、列車に何かを期待したくなる一作だ。

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編集・発行:あんどうちよ

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