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欧 州 映 画 紀 行
                 No.141   07.08.23配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 人の力は信じられる ★

作品はこちら
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タイトル:『善き人のためのソナタ』
製作:ドイツ/2006年
原題:Das leben der Anderen 英語題:The Lives of Others

監督・脚本:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク(Florian Henckel von Donnersmarck)
出演:ウルリッヒ・ミューエ、マルティナ・ゲデック、セバスチャン・コッホ、
   ウルリッヒ・トゥクール
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■STORY&COMMENT
東ドイツの国家保安省「シュタージ」のヴィースラー大尉は、国家に忠実な真
面目で優秀な職員。つまりそれは、裏切り者をしぶとく尋問し、反体制的な者
を次々と監獄に送る冷徹な男ということだ。
劇作家のドライマンの監視をすることとなり、彼の自宅の盗聴を始めた。文学
や芸術を語り、恋人と深く愛し合う生活を盗み聴くうち、冷徹で忠実なヴィー
スラーは、しだいに感化されていく。

静かだけれど、観た人それぞれに確かに思いを残していく作品。劇場でも観て、
今回、この原稿のためにDVDで観直したけれど、筋がわかっていても、ハラハ
ラするところは落ち着かず、思いがけずホロリとするところはポロッと涙が落
ちる。派手なところはないのに、あそこをもう一度観たいな、と思うシーンが
いくつも挙がる。

家中に張り巡らされた盗聴器で、ある人の生活を監視することは、小説を読ん
だり映画を観たりするのに、似ている。家にいるとき、に場面は限定されるけ
れど、その主人公の思いを知り、抱える困難を知り、いつしか登場人物に感情
移入していく。
ヴィースラーに起こった変化は、そんな感情移入だ。恋人たちの関係にやきも
きし、芸術家たちの話題にのぼった本を、こっそり読んでみて、彼ら自身に知
らず知らず興味を持ち、彼らの生活に少しずつ、介入していく。

人間くささや、芸術に触れるに従ってヴィースラーの心は変わり、ドライマン
の奏でるピアノ『善き人のためのソナタ』を聴いたとき、心からの涙を一筋流
すのだ。
それからの彼は、監視しながらシュタージから彼らを守るようになる。報告書
から、まずい発言は削り、二交代制で勤務していた同僚は追い払う。

そんなことをしていたら、巨大な監視国家で、ヴィースラーも危うくなるのは
当然のことで。
怖さも、悲しさもある。だが、最後には、芸術や文学の力、それを生み出した
人間の力を強く信じさせてくれる作品だ。

■COLUMN
ヴィースラー大尉を演じたウルリッヒ・ミューエは、東ドイツ出身の俳優で、
自身も国家から監視されていた経験を持つそうだ。

この俳優を、本作品や、以前紹介した『カフカの「城」』などで知り、言葉を
発しなくとも、目線やほんの少しの表情の違いで演技のできる、「いい俳優さ
んだなー、今後要チェック!」と思っていた私だったが、この7月、胃ガンで
急逝したとのニュースに驚いた。これからいくつも作品を見ようと思ったのに。
映画のデータベースなどを調べたら、製作中の作品もまだあるようだったし、
残念でならない。
『善き人のためのソナタ』は、2007年のアカデミー外国語映画賞をとって、ア
メリカでも注目を集め、活動も広がっていくかと思われた頃、本人がいちばん
悔しかっただろうと思う。

世界に知られるということが、必ずよいこととも限らないけれど、東の体制に
いなければ、もっと早い時期に世界に知られる俳優(まあ、私が知らなかった
だけということもあるけれど)になっていたのかもしれない。人の活動を制限
し、自由を奪うことは、その国の人を苦しめるだけでなく、素晴らしい芸術活
動を待つ世界中の人も苦しめることになる。

でもその体制下を生き抜いた後、その才能を映画愛好家から奪ったのは、結局、
病魔だった。監視国家はいつの日か駆逐できるかもしれないし、それが今作品
でも信じられている「人間の力」だ。けれど、病魔は? 人間の力って何だろ
うな。訃報にしみじみ考えた。


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編集・発行:あんどうちよ

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