一覧へ ←前へ →次へ 登録フォーム HOME


<========================================================

欧 州 映 画 紀 行
                 No.146   07.09.29配信
=========================================================

「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

読者のT様からいただいたリクエストに応える第2弾。
今週はジャック・タチ作品を取りあげます。
ジャック・タチの作品って、ちょっと特異なものなので、
2つの作品について書いてみます。
彼に大成功をもたらした作品と、破産に追い込んだとも言われる作品の2つ。
ちょっと長くなりました。お暇なときにお読みください。

作品はこちら
---------------------------------------------------------------------------
タイトル:『ぼくの伯父さん』
製作:フランス・イタリア/1958年
原題:Mon oncle (英語でもフランス語の原題を使うようです。)

タイトル:『プレイタイム』
製作:フランス/1967年
原題:Playtime

監督・脚本・出演:ジャック・タチ(Jacques Tati)
----------------------------------------------------------------------------

■STORY&COMMENT
ジャック・タチの作品は、基本的にはドタバタコメディ。はっきりストーリー
があるのではなく、(『ぼくの伯父さん』の方はかろうじて物語っぽい流れは
あるけれど)笑えるスケッチの連続だ。

帽子にコート、傘を持ってパイプをくわえ、なーんか斜めってる「ムッシュー・
ユロ」が、彼自身が演ずる定番のキャラクターだ。ムッシュー・ユロはほとん
どセリフなしに、赴くところそこらかしこに、笑いを巻き起こしていく。
人が転ぶとか、物が倒れるとか、本当にシンプルなギャグなんだけれど、絶妙
のタイミングと、パントマイム芸人出身のタチの、身体を使った芸で、声を出
して笑ってしまう。

スイッチがいっぱいある訳のわからない機械も、タチ映画の定番の笑い。彼と
彼の生み出したムッシュー・ユロが世界的に知られるようになった『ぼくの伯
父さん』では、お金持ちの姉夫婦の家が、すべてオートマ化され、不思議な機
械であふれている。SFの未来社会でもそこまでの設定はしないんじゃないか、
というくらいの機械じかけっぷり。
そもそもその使い方が可笑しかったり、機械とは無縁のムッシュー・ユロが、
まあ実にタイミングよく壊したり、姉夫婦がすっかり翻弄されていたり、でこ
れまた大笑いなのだ。

機械に翻弄される人々の巻き起こす笑い、ということで、痛烈な風刺という言
い方もされるみたいだけれど、私にはどうしてもそう思えない。確かに風刺の
精神はあるだろう。でも、観客から飛び出す笑いは、風刺絵図を観ての笑いと、
質が違うように思う。もっともっと、素直に可笑しくて吹き出る笑いで、屈折
したところがない。
世間で言う風刺というところに分類するには、振る舞いの可笑しさへの視線が
温かすぎる気がする。

この近未来っぽさが、さらに進められたのが次に撮った『プレイタイム』だ。
フランス映画史上最高額という予算で、映画に出てくる「パリ」を作ってしまっ
た。ガラス張りのビル、大げさな機械、せわしく行き交う車、私たちの知って
いる「パリ」とはちっとも似ていない、どちらかといえばアメリカのイメージ
に近い、つまり、近未来的な空想の街そのものを、撮影用にタチヴィル(タチ
の街の意)として、作ったのだ。

このセットや撮影期間の延長で費用はどんどんかさみ、興行的にも失敗し、タ
チは破産に追い込まれたそうだ。
こう聞くとなんだかシュールで理解を超えた物みたいだけれど、タチのタイミ
ング抜群の笑いはやっぱりいつも通りに面白い。それに「街」を一つ作っただ
けあって、いろんな職業の人のいろんな場面の所作が見られて、とても楽しい
作品だ。ただ、その分、ユロの出番が少ないから、ユロを待ち望む観客にはそ
こが物足りなかったのかな。
タチが作り込みすぎて理解されなかった作品、と認識されていたら、もったい
ないなあ、と思う。

頭を使っても使わなくても、それぞれに、吹き出して笑える、タチの世界、未
体験の人はぜひ一度!

■COLUMN
過日取りあげたクロード・ルルーシュ作品は、リクエストしていただいて「お
お、そういえば、やってないね」と思ったのだけれど、ジャック・タチを今ま
で扱わなかったのには理由がある。

この「欧州映画紀行」は、ヨーロッパで製作された、ヨーロッパが舞台の作品
を取りあげるということに、まあ、だいたい決めている。まさかないとは思う
けれど、誤解なきようつけ加えれば、別に私はそれこそが映画だとか思ってい
るわけでは全然なく、メルマガのコンセプトとして、ある範囲の中から、作品
を選ぼうとしているだけだ。

だからたとえば、アニメは、ヨーロッパの作品でいいものがあっても、実際の
世界が映されないから「ヨーロッパが舞台」というこのコンセプトに従って、
取りあげていない。ロードムービーで世界中を回ったりするのも、対象から外
れる。

ムッシュー・ユロのキャラクターは大好きだけれど、これはジャック・タチの
世界であって、ヨーロッパのどこかとか、パリとか、フランスとか、そういう
のは超越しちゃってる、と私は思っている。
『プレイタイム』でタチヴィルを建設したように、この舞台は「タチの世界」
なのだ。そして、だから面白い。
そんなわけで、好きだけど、「メルマガではちょっとよけとこ」な監督だった
のだ。

しかし、だ。
「コンセプト」だとか大仰なことを言ってても、このあいだ取りあげたベニー
ニの『人生は、奇跡の詩』なんて、舞台が半分くらいイラクだった、とバック
ナンバーを整理していてはじめて気づいたし、『WATARIDORI』なんて、気をつ
けて観たら、鳥たちは世界中飛んでるじゃないか。異世界が舞台って言えば、
かなり初期に『カリガリ博士』を書いてる。いい加減なもんだ。

結局、枠を作る楽しみというのは、枠内に収める楽しさに加えて、たまにそこ
からちょろっと出てみる嬉しさも抱えているものだろう。

ところで、アニメだから紹介していないけれど、けっこうお気に入りの映画に
『ベルヴィル・ランデブー』というフレンチ・アニメがある。これを作ったシ
ルヴァン・ショメというアニメ作家(『パリ、ジュテーム』では実写の短編も
撮ってたけど)が、タチの企画を次回作にしているそうだ。『ぼくの伯父さん』
の成功の後、『プレイタイム』と同時に企画され、実現しなかった『奇術師』
という作品。

マイムという肉体を使った芸が、タチ作品の魅力だけれど、世界観は確かに、
ショメのアニメに親和性が近いかも。今から楽しみだ。そのスチールが1枚、
公開されている。よかったら、どうぞ。かなりのマニアでないと、興味のない
ものだと思うけれど、たまたま見つけたから、せっかくだし。
http://twitchfilm.net/site/entry-images/category/C20/

我がメルマガのコンセプトは、一応こんなところだけれど、やっぱりそれでも
「一応」に過ぎないから、そこから飛び出す作品のリクエストも、どんどん、
お寄せください! もちろん、枠内ど真ん中も!


・参考文献
『フランス映画史の誘惑』中条省平 集英社新書

---------------

感想・問い合わせはお気軽に。

編集・発行:あんどうちよ

リンクは自由ですが、転載には許可が必要です。
一部分を引用する場合には、連絡の必要はありませんが、
引用元を明記してください。

Copyright(C)2004-2007 Chiyo ANDO

---------------


一覧へ ←前へ →次へ 登録フォーム

HOME