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欧 州 映 画 紀 行
                 No.147   07.10.04配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 練習風景を眺める高揚 ★

作品はこちら
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タイトル:『合唱ができるまで』
製作:フランス/2004年
原題:Les Métamorphoses du choeur 英語題:特についていないみたいです

監督: マリー=クロード・トレユ(Marie-Claude Treilhou)
出演: クレール・マルシャン、モーリス・ラヴェル音楽院合唱団
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■STORY&COMMENT
パリ13区の音楽院付属のアマチュア合唱団。子供から大人まで、幅広い年齢の
人が所属するこの合唱団は、週に1,2回、集まり練習する。教会でのコンサー
トに向けて、指揮者のクレールのもと、練習し「合唱」が形になる様子を追っ
たドキュメンタリー作品。

ナレーションはない。指導者のクレールや、合唱団に参加する人々へのインタ
ビューもない。ただ、練習風景がずっと映される。こんなに自然に練習風景を
撮影できるって、どんな撮影をしたんだろう。参加者の中にとけ込むまで何ヶ
月もカメラと一緒に入って慣らしていったんだろうか。そんなことを考えるく
らい、自然にただ風景を映している。

上のストーリー説明は、映画の公式サイトを見て書いた。映画本編の方では、
特に説明はない。
「合唱ができるまで」を追ったドキュメンタリーなら、アマチュアの合唱団に
参加している人の思いとか、ソリストを選ぶ中で、実はちょっと競争があるん
だとか、練習に出てこない人がいて一悶着も、とか、そういう「内実」が見ら
れるのか、と想像する(のは、私が下世話だから?)。
けれど、一人ひとりの心情や事情への言及はなく、練習の風景がひたすら映さ
れる。

はじめは、人の思いや意見が聞けるのかと勝手な想像をして肩すかしをくらっ
たせいか、うーん、ちょっと退屈? と正直なところ感じた。けれど、その練
習の様子を眺めていると、身体を使った発声方法や、イメージトレーニングな
ど、面白いものがいろいろあって、楽しくなってきた。指導者の指示に合わせ
て一緒に声を出してみたりして。誰かが見てたらかっこ悪かっただろうな。

コンサート本番が近づき、大人、ティーンエイジャー、子供、と分かれて進め
ていた練習が、合同練習になり、伴奏の弦楽器やオルガンも入り、となってく
ると、空気が緊張してくるのがわかる。映画のはじめの方で感じた退屈さは、
まだコンサートまで日が遠く、練習の場も何となく弛緩していたのが、伝わっ
たのかもしれない。

そこを見てないとわからなくなっちゃう、て場面はないから、何となく風景を
テレビから流しておくような観方でもいいと思う。しだいしだいに「合唱」が
形になり、できあがっていく高揚感は十分感じられるだろう。

眠れない夜、これを流しておいたら、映画の後半、皆の声が合ってくる頃、
「きっと明日はいろんなことがうまくいくよ」と一瞬大きな安堵が頭を巡り、
すとんと眠りに落ちるんじゃないか、そんな気がする。

■COLUMN
先日、仕事で楽器店に取材に行った。「最近、大人になって楽器をはじめる人
が多いよねー」てなことを背景に、楽器の魅力や初心者の実際を店の人に聞い
てみて、短い文章を書く仕事だ。

取材の途中で、とある楽器をさわらせてもらったりして、「音楽やるって、い
いなー」という気持ちが、私の中にむくむくと膨らんできた。そんな訳で、今
回、アマチュアで音楽をやってる人の映画を観てみたくなったのだ。

実は私は3歳半くらいから、高校生前半くらいまで、ピアノを習っていた。そ
のせいで、私のことを非常なる音楽通だと思ってくれる人がいる。せっかくそ
う思ってくれる人には、見栄もあって、そういうことにしておくけれど(笑)、
ホントの私は、音楽、ことにクラシック音楽とは、ずっと仲が悪かった。
高校生くらいまで続けたわけだから、きっとピアノが嫌いじゃなかったんだと
思う。でも、好きかというと、うーん……。レッスンが厳しくて、練習が足り
ないと帰れと怒られて、音楽には辛い、苦しい、嫌なもの、というイメージば
かりがつきまとう。

物心ついたときにはもうピアノをさわっていたから、自発的に音楽を希求する
ことなく、でも「音楽をやる人」と周りから思われていた私は、いじけていた
のだろう。レッスンに行かなくなった後、クラシック音楽、特にピアノ曲は癇
に障るから、まず聴かなかった。
音楽を求め楽しむ気持ちに関して、けっこうなコンプレックスを持っているの
だ。

時は人の心を変えるもの。そんな私が、全てを思い出にして、完全に音楽と和
解できたのは、ここ3,4年のことだ。ちょうど、「ああ、明日ピアノの日な
のに全然練習してない!どうしよう!」と脂汗をかいて目覚め、「今は私はも
う大人。ピアノはもう習っていない、大丈夫」と安心する、悪夢を全く見なく
なった時期に一致する。

いじけていた期間に吸収し損ねた何かを取り戻すように、最近はクラシック音
楽に自然に耳が向く。それもピアノ曲に。身につけた技術と音感に感謝しなが
ら、もうほとんど動かなくなった指を、曲に合わせて動かしてみたりして。

自分で音楽を奏でるのって、いいなあ、また挑戦しようかなあ、と今は自発的
に音楽を求める私がいる。
でも、音楽、楽器は特に、どんなに楽しんでやっても、結局コツコツと練習し
なきゃだめなもの、てことは痛いほど知っている。やってみたいな、とひらめ
いては、私にはきっと無理、と、さっさと諦める、昨今である。

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編集・発行:あんどうちよ

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