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欧 州 映 画 紀 行
                 No.150   07.10.25配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 映画と町について、虚構と現実のあいだで ★

作品はこちら
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タイトル:『リスボン物語』
製作:ドイツ・ポルトガル/1994年
原題:Lisbon Story

監督・脚本:ヴィム・ヴェンダース(Wim Wenders)
出演:リュディガー・フォグラー、パトリック・ボーショー、
   テレーザ・サルゲイロ(マドレデウス)
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■STORY&COMMENT
音響技師フィリップは、友人の映画監督フリードリッヒから絵はがきを受け取
る。リスボンで撮影中だけれど、もう限界だ。機材を持って助けに来てくれ。
親友の頼みに応じるフィリップがリスボンに着いてみると、フリードリッヒの
姿はなく、手回しの古いカメラと、その撮影済みフィルムがあるばかり。
遊びに来る近所の子供の相手をし、映画音楽を製作中だというグループ、マド
レデウスと交流しながら、フリードリッヒを待つが、彼は一向に姿を見せない。

行方不明のフリードリッヒ、家をのぞく謎の少年、ミステリアスな雰囲気を醸
し出すけれど、それはちょっとしたお遊び。映画の終盤で「映画を撮る」こと
に絶望して姿をくらましていたフリードリッヒと、フィリップは再会すること
になる。
この作品は一言で言えば、映画と町について語った、詩的作品だ。

親友を待ちながら、フィリップは、マイクと録音機材を携え町をさまよい歩く。
人々のおしゃべりの声、子供たちが走る足音、歓声。市電の鳴らす鐘、川を通
る船の汽笛、物売りの笛の音。実に様々な音にあふれている。毎日歩き回って、
フィリップは「リスボン」を発見し、それにつきあいながら、観客もリスボン
を発見する。
町ってのは、こんなにもバラエティに富んだ音を持っているのかと、自分の暮
らす町の姿、存在を、もう一度意識してみようかと、思う。ここに登場する音
は、リスボン特有の魅力であると同時に、世界中どこでもいい、どこかの町が
持っている魅力をも表すのだ。

リスボン市の依頼によってヴィム・ヴェンダースが作ったこの作品は、はじめ、
ドキュメンタリーを想定したそうだ。しかし結局ヴェンダースは、ドキュメン
タリーを作っている人間についての物語を選択した。
結果、現実と物語が、判別しがたく互いに行き来しながら、町や人の魅力をよ
り強く伝える作品になっている。

音楽も、そうした現実と物語のあいだにある。ポルトガルの民族歌謡ファドの
影響を強く受けたバンド「マドレデウス」は、この映画で世界的に有名になっ
た。物語の出演者として演技もしているが、音楽は、紛れもなく彼らが作り、
演奏する実在のものだ。

物語の舞台としてのリスボンと、当時、そこに実際にあったリスボン、その両
方が分かちがたく結びついて、二重の楽しみを作る。そして、真っ青な空の下、
赤くて、白くて、茶色くて、黄色くて、本当にヴィヴィッドなリスボンという
特定の町を見ながら、自分の住む、かつて住んだ、故郷にある、どこかの町ま
でイメージできる、二重の楽しみがある。
姿をくらましたフリードリッヒが、映像は「ピュアさ」を失ったと、病的に考
え込むのは、彼の問題であると同時に、作り手であるヴェンダース自身を含む、
映画作家皆の苦悩だろう。

現実と虚構、個別と普遍を、同時に魅せてくれる。観客が自分の好きな思いを
投影できる、自由にあふれた映画だと思う。

■COLUMN
最初にこの映画は、劇場で観た。
住宅の壁と壁の間をギリギリの幅で走るトラム、明るい日差し、古めかしい石
畳、等々、風景に魅了され、マドレデウスの不思議に哀愁あるメロディに夢中
になった。

いつかリスボンを訪れたいと、その時は強く思ったけれど、実現しないまま、
もう12年ほどが経過してしまった。その間に、このヨーロッパ映画をとりあげ
るメルマガなんぞもはじめて、そうそうあのリスボンの映画紹介したいよなー、
と思いつつも、レンタル店では出会えず、再見さえままならないままだった。
そうしたら先日、Amazonさんが、「ヘイ、あんたの好きそうなDVDが安く出て
ますぜ」と教えてくれた。字幕の文字がやたら大きくてちょっと変だったけど、
1500円でこの作品が手に入るのはうれしい。Amazonさん、たまには実りある案
内をしてくれる。

12年ぶりくらいに観て、もう一度、ヴェンダースがこんな映画を作ったならど
うなっただろうか、と強く思った。EUによってヨーロッパが統一されたことが
まだ目新しい頃。空っぽの税関、車で移動するとしだいにラジオの言語が変わっ
ていく様が、この作品のなかでは物珍しく描かれる。その状態が「普通」となっ
た今、ロードムーヴィーの名手は、ヨーロッパをどう描くだろう。

どうやら新しいテクノロジーを好きにはなれないらしい、映画監督フリードリッヒ
は、携帯やパソコンのメールの発達した現代のコミュニケーションをどう捉える
だろう。

この12年と、50年前の12年は、同じスピードで流れただろうか。
世の変化を痛感する、作品との再会だった。


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編集・発行:あんどうちよ

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