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欧 州 映 画 紀 行
                 No.151   07.11.01配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ ハッピーな夢の世界が、現実に出会うとき ★

作品はこちら
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タイトル:『恋愛睡眠のすすめ』
製作:フランス・イタリア/2005年
原題:La science des r êves 英語題:The Science of Sleep

監督・脚本:ミシェル・ゴンドリー(Michel Gondry)
出演:ガエル・ガルシア・ベルナル、シャルロット・ゲンズブール、
   ミュウ=ミュウ、アラン・シャバ
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■STORY&COMMENT
シャイな青年ステファンは、メキシコで一緒に暮らしていた父が亡くなり、パ
リで暮らす母の持つアパートにやってきた。
フランス語が不得意な上、母に紹介された「クリエイティブな」仕事は単純な
切り貼り作業。落胆した彼は、夢や妄想へと逃げ込んでいた。そんな折、隣に
ステファニーという女性が引っ越してくる。彼女に恋したステファンは、二人
の恋を夢や妄想の中で成就させるのだった。
夢と現実を混同させてしまうステファンは……

DVDを借りて、本編と、ボーナストラックの予告編、全部を観て、思ったこと。
「ひっどい予告編だなあ」。「仕事も恋愛も失敗ばかり、そんな冴えない人生
を変えるためメキシコからパリにやってきたステファン」って、ウソじゃん。
人生を変えたい青年の等身大ストーリーみたいなテイストで紹介しているけれ
ど、実際と違う。

いちばんの魅力は「彼の夢」。様々なパターンで空想の世界を「映像」として
具現化したのが、まず何よりの作品の魅力だろう。
ウソはいかんと思うけれど、幻想が「主」になることを、どう気持ち悪くなら
ずに宣伝するか、難しいのはよくわかる。この作品をどう紹介したらいいのか、
今これを書いている私も自信がない。

夢の世界がシュールでキッチュでポップでキュート。チェコやロシアのアニメ
のような、おしゃれなチープ感や、クレイアニメのような愛らしさ、SF的なイ
ンパクトに次から次へと出会える。「夢」であるという特権を生かした、何の
脈絡もない場面の移り変わりが、スピーディーなアートっぽさを出す。
嫌な上司を従える夢を創造し、恋する女性とハッピーに暮らす夢を創造する、
夢の内容は楽しいし、愉快で可笑しいけれど、それはなんだか、だんだん切な
くなってくる。

恋をしたけれど、今ひとつうまくいかないから、夢で願望を叶えて、だんだん
夢と現実とが区別がつかなくなる。そんな説明に予告などではなっている。け
れど、ここで大事なのは、彼の母が途中「この子は6歳の時からずっと夢と現
実が逆転してる」と言うように、彼はもともと、空想と妄想の中で現実をごっ
ちゃにして生きていて、そんな彼が本気で恋をした、ということなのだ。
幼い頃に暮らしたアパートに戻り、子供部屋の小さなベッドで見る夢は、マル
チな才能を発揮して皆に認められる夢、自分の好きに演出するテレビ番組で活
躍する夢、子供の願望そのものだ。

ある意味バランスをとっていた、子供の発想にも似た夢と幻想と妄想が、恋と
いう相手のいる現実に浸食されはじめたら。ファニーでかわいい夢の数々を楽
しみながらも、やり場のないさみしさが残される。笑える映画と言っていいの
やら、胸を締めつけられる映画と言っていいのやら。語るのが難しい映画であ
ることは間違いない。

■COLUMN
せっかくいい恋人になれそうなステファニーとうまくやっていくには、ステファ
ン、悪いこと言わない、病院で診てもらった方がいい、と思ってしまう私は無
粋だろうか。

同僚たちのしつこいしゃべりに感情的になったステファンが、「まるでトウ、
トウ…」と言葉が出てこなくなり、後で同僚に「さっきのは統合失調症だろ」
と言われるシーンがある。
どう解釈するかは観る人の自由で、いろんな解釈があると思う。だが彼が不器
用だとか「現実をねじ曲げる」なんてもんじゃなく、ほとんど病的であること
は、こんなシーンになんとなくほのめかされているのだと、私は思う。

しかし、現実と夢とがごっちゃになったからって、多少周りに迷惑をかけたと
しても、本人がそれでバランスがとれていれば、ひょっとしたら、別に治療だ
治療だと騒ぐことでもないのかもしれない。
そういえば私も、事実を間違えて認識していて、なんで間違ったのか原因がわ
からないと、「じゃ、夢だったんだろうか」と結論づけることがある。作家の
誰々の新作が出る、とか、どこそこにおいしいパン屋ができたとか、うろ覚え
に覚えていたことを、よく調べたらそんな事実はないと、「じゃ、夢だ」と結
論づける。前に、「そういうことってあるよね」と誰かに言ったら「いや、全
然ない」ときっぱり否定されたから、たぶん私は、その点でちょっと変だ。

そういう「変な人」じゃなくても、現実の嫌なことが、夢に出てきたり、心配
事が反映されることは普通のこと。現実はつねに夢のなかに入り込んでいるも
ので、夢見が悪ければその日はどこか気分が悪く、現実と夢が行き来すること
は、実はそんなにおかしなことではない、気もする。

誰も彼も、ちょっとずつおかしいし、何が正常か、完全に正常な人がいるのか、
わからない。病院で診てもらった方がいいか、は、本人や周りの人が苦しんで
いるか、で決まるのだろう。
恋に落ちてしまったステファンは、苦しみの扉を開けたところじゃないかと、
私は思う。


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編集・発行:あんどうちよ

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