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欧 州 映 画 紀 行
                 No.154   07.11.29配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 歴史はいつだって、もうすでにはじまっている ★

作品はこちら
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タイトル:『麦の穂をゆらす風』
製作:イギリス・アイルランド・ドイツ・イタリア・スペイン/2006年
原題:The Wind That Shakes the Barley 

監督:ケン・ローチ(Ken Loach)
出演:キリアン・マーフィ、ポードリック・ディレーニー、
   リーアム・カニンガム、オーラ・フィッツジェラルド
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■STORY&COMMENT
1920年代、アイルランド独立戦争から内戦にいたる悲劇を描く。
アイルランド南部の町、医学を学んだデミアンは、ロンドンの大病院で働くこ
ととなった。医師としての輝かしい未来が待っているはずだったが、イングラ
ンド軍のあまりの残虐ぶりを目にし、兄テディに勧められ、独立運動に身を投
じることにする。

だいぶ前にWOWOWで放送されたのを録画して放置していた。どんな内容の映画
かあまり気にしないで何となく見始めて5分ほど、映画のなかのできごとに、
本当に「えぇ」と声を上げて「素で」驚いてしまった。

仲間同士がハーリングというスポーツを楽しんだ後、皆で談笑しているところ
に、突然イギリス軍がやってきて、銃をつきつけ尋問をはじめる。あらゆる集
会は禁止だと叫びながら、暴力や侮辱を投げつける。
そんなことってあるだろうか。なんでこんなことになっちゃってるんだ。
映画がはじまって、まだ登場人物も把握していない時間帯に恐ろしい事件が起
こるという、そのこと自体、異常で悲惨な状況を、作者は伝えてきてるという
ことなのだろう。

拷問シーンは、痛くて痛くて泣きそうになって(ホントは観客だって凝視しな
いといけないんだろうけれど、我慢できなくてちょっとだけ早送りしてしまっ
た)、暴力シーンでは怖くて身体がきゅっと縮まった。
戦争の痛さ、抑圧される人間の痛さを、表現してそれを告発するだけだったら、
今さら映画にする必要があるのかね。驚きから平常心を取り戻し、ちょっと疑
問を挟みかけた頃、物語は少しずつ違う方向へと進む。

人の命を助けるために働くはずだったデミアンは、人を殺さなくてはならない
状況に、心をどんどんすり減らしていく。戦争では、裏切りがあれば仲間も容
赦しない。内部分裂は、人の心を荒廃させる。
イギリス軍の乱暴と長年の支配から解放されたい、という思いは皆同じだ。そ
のためにどんな手段をとるのか、解放された後、どんな社会をつくるのか、は、
皆、共通の思いがあるわけではない。
一枚岩ではない市井の戦う人々の行く末は、悲しい。
そして、この悲劇はまだ解決していないまま、現在まで紛争の形で残ってしまっ
ている現実を思うと、また悲しく辛い。

重い作品だから、それなりの体力と気力があるときに、どうぞ。

■COLUMN
このメルマガで紹介する作品は、基本的には好きな作品で、悪口ばかりになる
ようなものは取り上げない。好きといっても、「だーーいすきっ、ずぇったい、
オススメ!」くらいのテンションもあれば「うん、まあまあ、いいんじゃない
の?」程度もある。なるべくその差がバレないように書いているつもりだけれ
ど、どうだろう、長く読んでくださっている人には、見抜かれているかも。

好きな作品で人に勧めたくても、その作品について何か書くということができ
そうにない場合は、残念だけれど取り上げない。
今回も、この作品について書くのは難しくて、ホントはやめたかった。原稿を
書いている今も、なーんか違うだろう、という気がして落ち着かない。

映画(じゃなくても、本でも芝居でも)について何か書くということは、その
作品に参加することだと、私は思っている。私が思ったことを書いて、それを
読んでくれた人が共感したり、反発したりする。それは、その人のある作品に
ついての体験に追加事項を生じさせることだ。
私がうだうだ書いたことで、その作品を観てみようと思ってくれる人がいれば、
観客が一人増え、作品自体は観ないまま文章だけ読んでも「ふーん、そういう
作品なのね」という印象ができあがる。
この世界のなかである作品に対して人が持つ思いのなかの一つになり、誰かに
何らかの影響を与えれば、二つ、三つとなる。それを、私は「作品に参加する
こと」と捉えている。

今回のこの『麦の穂をゆらす風』は、あまりにも厳然としていて、参加なんて
無理、という気がしたのだ。もう少し平たく言えば「私の手には負えない」と
いう感覚だ。

人が生まれてくるときには、歴史はいつも、もうすでにはじまっている。一人
の人間が何をしたかに関わらず、歴史は影響を及ぼして、生まれる前のことに
まで責任をとらなければならないこともある。

歴史や環境は厳然とすでにそこにあり、人の手には負えない。
この作品の厳しさと固さは、歴史という大きくて手に負えないものを、そのま
ま表しているように、私には感じられる。
そして、その大きくて抗い難いものに立ち向かった無名の人々を見て、その歴
史を受け継いで新たにつくるのも人の手だと、淡く思う。

■DVD INFORMATION
麦の穂をゆらす風 プレミアム・エディション
価格:¥ 3,652(定価:¥ 4,935)
http://www.amazon.co.jp/dp/B000NIVIPA/ref=nosim/?tag=oushueiga-22

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編集・発行:あんどうちよ

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