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欧 州 映 画 紀 行
                 No.159   08.01.17配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

2008年、最初の配信となります。今年もどうぞよろしくお願いします!!

★ 立ち向かう。それぞれのやりかたで。 ★

作品はこちら
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タイトル:『ボルベール <帰郷> 』
製作:スペイン/2006年
原題:Volver 英語題:To Return

監督:ペドロ・アルモドバル(Pedro Almodóvar)
出演:ペネロペ・クルス、カルメン・マウラ、ロラ・ドゥエニャス、
   ブランカ・ポルティージョ、ヨアンナ・コボ、チュス・ランプレアベ
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■STORY&COMMENT
マドリッドと、ラ・マンチャを舞台に、母・娘・孫娘、親子三代の人生を描く。

ラ・マンチャ出身のライムンダは、失業した夫パコと娘パウラを、必死で養っ
ている。ある日、パウラが肉体関係を迫ってきたパコを刺し殺してしまう。
故郷では、大好きな伯母が亡くなり、3年前に火事で死んだはずの母の姿が見
られたという噂が出る。
母として、娘として、ライムンダは……

生活の疲れがにじみ出て、すぐにかっとしやすい性格がそのまま顔にくっつい
たライムンダは、確かに元は美人なんだろうけれど、総合的に美しくなくなっ
ている。洗練された美女よりはむしろ作りにくいだろう役をペネロペ・クルス
がうまく演じていると思う。

どうやら辛い過去を故郷に置いてきているらしいライムンダの謎と、死んだは
ずの母の謎、最後まで飽きさせることなく、観客の目を惹きつけていく。「女
性」を描くことに定評のあるアルモドバル監督、という言い方がされて、女の
人生に目がいきがち(そしてそれは確かにその通りだ)だけれど、そもそも、
事実を宙ぶらりんにして、観る人を先へ先へと運んでいく、ストーリーテリン
グの上手さを、もっと指摘してもいいんじゃないかな。

その観客をひっぱっていく「謎」もすぐに立ち上がってくる訳ではなく、娘パ
ウラの事件や、認知症の伯母の生活など、前半のライムンダは、次から次へと
起こる災難や心配事に立ち向かい、何とかしようとたくましい。そのゴタゴタ
の中から、少しずつ少しずつ、何か謎があるらしい、と観る人は感じてゆくこ
とになる。

ライムンダだけではない。身を守るために「父」を殺害することになってしま
うパウラも、認知症の伯母も、彼女の様子を見ると約束する故郷の隣人も、男
運なく孤独に暮らすライムンダの姉も、それぞれの方法で困難や辛さに立ち向
かう。振ってかかったものを引き受けて、怖くても、何とかするしか方法はな
いんだし、何とかしようと立ち向かう。

世ではたいがい、誰もが何かに立ち向かわなきゃならない。それぞれの立ち向
かう姿を、大らかに肯定するこの作品を観ると、女たちはきっと、自分の人生
も肯定してくれたかのように感じる。なんで女どもは、この作品でそんなに騒
ぐかね、と不思議に思う男性諸氏は、そういうことだと解釈しておけば、だい
たい合ってるだろう。

■COLUMN
監督自身の故郷でもあるというラ・マンチャの風土を感じるのも興味深い。最
初は「心地よい」と書いたのだけれど、心地よいのとはちょっと違うかと思っ
て、表現を変えた。知らない土地を、風習等(生前に墓を建てるとか)含めて
のぞけることは楽しいけれど、荒涼として赤茶けた土、吹き付ける風、さらさ
れるのは厳しい自然だから、脳天気に心地よいとも言ってられない。

風がこんなに画面から伝わるのも珍しいのではないか。びゅうびゅうと吹く風
は、見ているだけで体温を奪うかのようで、砂でも飛んでくるのではないかと
肌がちくちくする。作中では、東風のせいでこの地方には精神を病む人が多い
のだと言われる。
画面に現れるのは、皆がよく頭に描く風車ではなくて、白くて細い、今風の風
力発電の風車だけれど、それがかえって現実に風の強い地方である事実を物語
る。

そして、故郷ラ・マンチャよりも、ずっと都会で建物や人が密集していて、で
もどこか、雑然とした雰囲気のあるマドリッドの町は、日本の都会とも、テレ
ビで見かけるニューヨークやパリの華やかさとも違う。

フラメンコの音楽に乗って、スペイン小旅行を楽しむのも悪くない。たやすく
微笑みかけはしなさそうな土地だけれど、なんだか惹きつけられる。次に行っ
てみたい旅先が一つ追加されるやもしれない。

■INFORMATION
今回の文章を考えつく上で、この本から若干のヒントをもらっています。
『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』伊藤比呂美
価格:¥ 1,785(定価:¥ 1,785)
http://www.amazon.co.jp/dp/4062139448/ref=nosim/?tag=oushueiga-22

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編集・発行:あんどうちよ

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