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欧 州 映 画 紀 行
                 No.174   08.05.22配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 天才の悩みは、案外普遍的? ★

作品はこちら
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タイトル:『僕のピアノコンチェルト』
製作:スイス/2006年
原題:Vitus 

監督・共同脚本:フレディ・M・ムーラー(Fredi M. Murer)
出演:テオ・ゲオルギュー、ブルーノ・ガンツ、ジュリカ・ジェンキンス、
   ウルス・ユッカー、ファブリツィオ・ボルサニ
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■STORY&COMMENT
頭脳もピアノの才能も秀でたヴィトスは、小さい頃から天才・神童と呼ばれ、
周囲を驚かせ、期待させてきた。飛び級で上の学校に通い、奇異な目で見られ
るヴィトスは、両親の期待も周りの対応もしだいに息苦しくなってくる。田舎
で職人をやっている祖父だけが理解者だ。
そんなある日、マンションから落ちてしまい、事故の後遺症で高いIQもピアノ
の才能もなくなり、ごく普通の男の子になってしまう。

昨秋に映画館に観に行って、そんなに期待していなかったのに、私の好みどん
ぴしゃで驚いた。「んふっ」て声出しながら口角が上げてくれるユーモアがあっ
て、適度に荒唐無稽で、適度にハラハラさせてくれて、適度にハッピー。観た
後、「よかったよー」て言ったのだけど、いまいち反応がよくなかったなあ。

確かに考えてみれば、この作品を好む人って、特定しづらい。派手な映像迫力
を好む人にはいかにも地味すぎ、人生を深く見つめて哲学したい諸兄にはバカ
バカしく、感涙のカタルシスを味わいたい乙女にはインパクトが足りない。で
も、そうした典型例にははまらず、その間、間、を縫うように、人生の不可思
議や、ちょっとした感情移入やら、スイスの大空やら、映画にあり得るいい要
素が少しずつ入っていて、バランスのいい作品なんだ。

「天才少年」というキャラクターが、ありそうでなさそうな、なさそうだけど、
ひょっとしたらありそうな、絶妙なストーリーを可能にしている。こんなこと
が本当にあったら、と楽しい希望を抱きたくなる。

そして、これが何よりこの作品のポイント。12歳のヴィトス演ずるテオ・ケオ
ルギューは、本当にピアノの神童で、すでにコンサートも開いている少年だ。
作品中、披露するピアノは、すべてテオが実際に弾いているもの。戯れにポロッ
と弾くものから、レッスンで弾くものも、すべて本物の演奏だから、ピアノ映
画としての説得力が抜群だ。

俳優が弾くフリをして音をつけると、そのついた音は、ふつうの上手な演奏に
なるけれど、ここで聴けるのはヴィトス=テオの、けっこう個性とクセのある
演奏。怒って弾くとき、乗って弾くとき、イヤイヤ弾くとき。音も動作も表情
も伴ってその場合場合で演奏が変わる。「ロシア風演奏」の物まねなんてこと
もしてくれる。

演技ができる人に、ピアノを弾くフリを練習させるより、ピアノを弾ける人に、
演技の練習をさせる方が、ずっと早いんだと、ちょっとした真理に行き当たっ
た気分だった。

■COLUMN
いわゆる「天才もの」には、たいがい天才ならではの苦悩が描かれていて、そ
れを眺めていると、ああ凡人でよかった、とほっとしたりする。
この作品のヴィトスも、学校が受け入れてくれない、親が過剰に期待して天才
児の親として過剰な責任感を持つ、どれも息苦しいことこの上なさそうだ。

しかし、よく考えてみると、親の期待が息苦しかった、なんてことはたいてい
の人が経験しているし、学校が窮屈だった人もたくさんいるだろう。ただ、凡
人だと、それはみんなそうよ、で片づけられてしまうだけ。
この映画を観ていて観客がヴィトスの気持ちがわかるのだって、ヴィトスの悩
みが特別じゃなくて、誰もが想像できる悩みだからだ。

天才だから薬におぼれた、天才だから奇行に走る。芸術家や前人未踏の業績を
挙げた学者やら、天才ならではのエピソードは世にあまたある。天才だからお
かしな行動に出る。と解釈しがちだけれど、案外、順番が違うかもしれない。

心の弱さから薬におぼれた、アルコールに耽溺した、理解できない行動に走っ
た、そんな人はいくらでもいるけれど、特に秀でた才能がなければ、そういう
(だめな、弱い、おかしな、かわいそうな、、などなど)人で終わる。ただ、
たまたま、天才と言われるほどの何か特徴的な才能を持っていれば、人は、
「天才だから常人には理解しがたい苦悩があってああなる」と物語を作ってく
れる。どこと特徴のない人は、悪癖は一刻も早く捨て去らなければならないけ
れど、天才ならば、世に貢献することで、何となく差し引きされて、悪癖を併
せ持っていてもよいというか、仕方ないようにされるんじゃないだろうか。

誰もが弱点や苦悩や悪癖を持つ。それを、その持ち主が何らかの天才だからっ
て、「天才故の」と軽々しく結びつけるのは、才能はないのに、まずは狂った
ふりして天才だと思いこむ若者と同じような順番違いかもしれない。
そりゃあもちろん、特殊な才能が引き起こす悩みもあるだろう。でもそれは、
他の人と同じように、なんとかして克服しようとする余地のある、人としての
普通の悩みであって、天才の悩みという特別のジャンルがあるわけではないん
じゃないかな。どうだろう。

■INFORMATION
・DVD
僕のピアノコンチェルト
価格:¥ 3,990(定価:¥ 3,990)
http://www.amazon.co.jp/dp/B0015XEYSA/ref=nosim/?tag=oushueiga-22

・サントラCD
「僕のピアノコンチェルト」オリジナル・サウンドトラック
価格:¥ 2,267(定価:¥ 2,520)
http://www.amazon.co.jp/dp/B000T2ICAE/ref=nosim/?tag=oushueiga-22

・最近ちょっとオタオタしてます。
つきましては、来週は発行をお休みします。

再来週は、観る時間と書く時間があれば、出そうとは思っているのですが、
まだわかりません。しばらく発行がなかったら、
おお、あやつはオタオタしてるなー、と思っていてください。
よろしくお願いします。


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編集・発行:あんどうちよ

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