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欧 州 映 画 紀 行
                 No.182   08.08.08配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ どこにでもある風景、どこにもない風景 ★

作品はこちら
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タイトル:『サラエボの花』
製作:ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、オーストリア、ドイツ、クロアチア/2006年
原題:Grbavica 英語題:Grbavica: The Land of My Dreams

監督・脚本:ヤスミラ・ジュバニッチ(Jasmila Zbanic)
出演:ミリャナ・カラノヴィッチ、ルナ・ミヨヴィッチ、レオン・ルチェフ、
   ケナン・チャティチ
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■STORY&COMMENT
エスマはシングルマザー。12歳になる娘サラとサラエボで暮らしている。生活
は厳しく、仕立ての注文を受けたり、子持ちであることを隠してバーで働いた
りしている。
そんなエスマにはサラに秘密にしていることがある。父はシャヒード(内戦で
戦って死んだ「殉教者」)だと教えていたが、本当は敵兵によるレイプで妊娠
したのだった。
ボスニア・ヘルツェゴビナの内戦は92年から95年まで続いた。今も人々の心に
深く残っている傷をめぐる、静かでしっとり胸に迫る作品。

隣人同士が憎しみ合い殺し合う、悲惨な内戦から10年以上。その悲しみをまだ
残している土地と人の物語だ。戦争に関連して出生の秘密に疑いの目を向ける
娘が、事実を受け入れるまでにフォーカスをあてるドラマかと、何となく想像
していたのだが、鑑賞前の予想に反して、「戦争の悲劇」の特別さが前面に出
ない作品だった。

スクリーンの中の母娘の生活はどこにでもありふれた母子家庭に見える。
サラが楽しみにする修学旅行の費用を、あちこちに頼み込んで捻出しようとす
るエスマの疲れた表情は、貧しい家庭の主人公を描くイギリス映画の中に見た
ような気もする。
親の心を知ってか知らずか、思春期を迎える娘は反抗的な態度をとるようにも
なり、生活はますます荒れる。ヨーロッパのいろんな都会を舞台にした、裕福
じゃない登場人物は、あちこちで見かける、既視感さえ漂う。

しかし、しかし。
レイプにあったエスマがバスで男の隣にいるだけで恐怖を感じている様子、エ
スマがかつて医学生で、エスマの淡い恋の相手は経済学を学んでいたのに、戦
争で学業を続けられなくなったこと、共通の話題が、遺体確認現場の思い出だっ
たこと、などなど、随所でチクチクと、これはよくある都会の物語なんかじゃ
ないと、訴えかけてくる。
声高に戦争被害をつきつけるよりもそれは、ずっと心に刺さる。

サラが事実を受け入れる物語にならないのは当たり前で、それは、エスマ自身
もその事実を受け入れることができていなかったからだ。無言でじくじくと苦
しみ続けていたからだ。
出生の秘密に母娘で対峙するような紋切り型の見せ場はない。事実を知ったサ
ラの様子もドラマチックには仕立てない。

きっとこの母娘はこの後も、何かとぶつかり、事実を隠したことと事実そのも
のに心を削られ続けられるのだろう。しかし、母も娘も、少しずつ前に進んで
いる。互いの存在が互いにとって何より大切であることはずっと同じだ。
サラエボの街で、どうか二人が幸せでありますようにと、願わずにいられない。
そしてその祈りができるなら、幾千幾万のあの街で戦争の傷跡に苦しむ人々に
届くことを。

■COLUMN
サラエボ出身の若い女性監督が撮った作品。様々なシーンにサラエボへの愛を
感じる。
高台から見渡す街の姿は、一度実際に見てみたいと心そそられる。ショッピン
グセンターは、豪奢では決してないが、気晴らしにデートに家族団らんに、街
の人の憩う姿がほほえましい。

魚屋でエスマは、水槽を指さして、大きめの鱒を一匹と、注文する。魚屋のお
じさんは、水槽から網ですくって、トンカチでたたいて渡してくれる。そんな
買い物が普通なのね(かどうかは定かじゃないが)と、びっくりしながらも他
の買い物風景も見てみたいと思う。

もう普通の市民の暮らしが戻っているかに見えて、ふと横には破壊されたまま
の建物が廃墟として残る。戦後に増えたと思しき高い塔のそびえるモスク。ど
のシーンに写る街の姿にも、悲しさも暗さも明るさも全部ひっくるめた街への
愛着が濃い。

原題のGrbavicaは、エスマの住む地域の名で、紛争中、セルビア人勢力による
攻撃を受け、組織的レイプの行われた場所だという。
外国人にとって発音もしづらく、決してわかりやすくないこのタイトルをつけ
たのは、このグルバヴィッツァという土地の持つ記憶を決して忘れない、外に
も未来にも語っていこうという、サラエボを愛する作家の覚悟とメッセージの
表れともとれる。

パリ、トーキョー、ニューヨーク、など、クリエイターが思い入れる街、憧れ
る街は数多いが、そういった思い入れとは違う、強い思いを受ける映画だった。

■DVD INFORMATION
サラエボの花
価格:¥ 4,001(定価:¥ 5,040)
http://www.amazon.co.jp/dp/B0015ASHJ0/ref=nosim/?tag=oushueiga-22


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編集・発行:あんどうちよ

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