一覧へ ←前へ →次へ 登録フォーム HOME


================================================

欧 州 映 画 紀 行
                 No.191   08.10.30配信
================================================

「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 選択の自由のない社会の、選択肢のない状況で ★

作品はこちら
--------------------------------------------------------------------------------
タイトル:『4ヶ月、3週と2日』
製作:ルーマニア/2007年
原題:4 luni, 3 saptamâni si 2 zile 英語題:4 Months, 3 Weeks & 2 Days

監督:クリスティアン・ムンジウ(Cristian Mungiu)
出演:アナマリア・マリンカ、ローラ・ヴァシリウ、ヴラド・イヴァノフ、
   アレクサンドル・ポトチェアン、ルミニツァ・ゲオルジウ
---------------------------------------------------------------------------------

■STORY&COMMENT
1987年、ルーマニア。学生のオティリアはルームメイトのガビツァから中絶の
手助けを頼まれる。当時のルーマニアでは、中絶は違法行為。闇医者に頼んで
ホテルをこっそり借りて臨まなければならない。
ルームメイトのため、奔走するオティリアの長い長い一日の物語。

カンヌでパルムドールを受賞した作品。DVD化されて観たいなとは思っていたけ
れど、重たい社会派作品を観たくない気分の日々が続いていて、観ないでいた。
で、観てみたら「重たい社会派作品」というのとはちょっと違っていた。
重い軽いでいえば、そりゃ重い。
だけれど、作品のトーンとして印象に残るのは、スピード感だ。無事に手術を
受けられるのか、手術は成功するのか、誰にも見つからないのか、大事に至る
ことはないのか。緊迫感で、ぐいぐいと観てる側がひきこまれていく。言い過
ぎを恐れずに言えば、物語の「重さ」とか「速さ」の感覚がどこか狂ったよう
な妙な感じだ。

闇で中絶せざるを得ないような社会体制への糾弾があるのなら、むしろ話は簡
単で、「重さ」も「速さ」も狂うことなく、ずっしりした社会派作品だろう。
しかし、明確なメッセージはここにはない。

予約したはずのホテルで予約ができていなくて抗議するオティリアに、ホテル
の従業員はサービス至上社会日本からは考えられないくらいに横柄で、大学の
寮では闇市で仕入れた物を友達同士でまた転売している。
共産主義社会は糾弾されるものとして映画の中にあるのでなくて、その当時の
人々のふつうの生活として現れる。

大上段に構えた糾弾も批判もないならば、映画が映し出すのは、ごくふつうの
人の個人的な思いである。
妊娠してしまったガビツァの苦悩と、友人を助けようとするオティリアの焦り、
違法行為を無事すり抜けられるのか、不安を抱えて心細い気持ちを、共有しな
がら、観客はいっしょに焦燥の一日を過ごす。

ふつうの人という目線で観たとき、浮かび上がってくるのは「女2人」の物語。
ネット上で、レビューや感想を読むと、オティリアの必死さに比べて、ガビツァ
のわがままさや身勝手さにイライラする、という意見が多く見られる。そう、
ガビツァの態度は確かに「あんたのことでしょっ」と叱咤したくなるほど他力
本願。
医者との交渉も本人が来いと言われていたのに、気分が悪いことを口実にオティ
リアに任せてしまい、大切な持ち物は忘れ、肝心なところですぐにウソでごま
かし、辛い状況ではさっさと先に泣く。

私も多くの人同様、「ガビツァの態度いかがなもんか、プリプリ」とイラつい
ていたのだけれど、ふと、じゃあ私がどっちかっていったら、断然ガビツァの
方に近いんじゃないのかと、思ったのだ。
自分のことだからこそ、逃避して他人がやってくれるっていうなら甘えてしま
いたい、辛いからついウソでごまかし、がまんできないから泣いちゃう。精一
杯頑張っているから、これ以上は頑張れない、だれかが助けてくれるなら、す
がってしまおう。

ハタから見ていると、わがままなひどい女なんだけれど、本人はたぶん、そこ
に気づいていない。できることはやっている、と苦しんでいる。
私に試練がやってきたとき、きっとハタから見たなら飽きられるほどわがまま
で弱気な私がいるように思う。そう思ったら、ガビツァにイラつくのも申し訳
ないような気がした。

タイプの違う女2人に着目して観てもおもしろいと思う。その際にはぜひ、好
感の持てる方だけに共感するんじゃなくて、我が身も振り返って。

■COLUMN
ルームメイトを献身的に支えるオティリア、なんてあらすじ説明も目にしたけ
れど、私は「献身的」ていう感じは受けなかった。確かにやったことを列挙す
れば献身的と表現もされるかもしれない。でもその結果をもたらしたのは献身
じゃなくて、冷静な選択だったように思うのだ。

仕事や、生活のなかで大変になったとき、もう泣いちゃおうかな、逃げちゃお
かな、なんて思うことがある。でも逃げられないから「大変」なわけで、感情
的にならずに、一つひとつ目の前にあるものを片づけようと心がける。
そのときに必要なのは、目的にたどりつくために必要なものは何か、徹底的に
割り切って考えること。

オティリアのやってることは、これに近いと思う。今オティリアがやるべきは、
ガビツァの中絶を成功させ、命の危険にさらさぬよう、人にばれぬようにする
こと。
そのために必要なことをする。ホテルがとれていなければ泣かず騒がず別のホ
テルを用意する。医者ともめたら、医者が中絶を引き受けてくれる確実な方法
を選ぶ。局面局面での選択肢は少ない。しかし、そうするしか目的にたどりつ
く方法がないから、泣く前にその方法をとる。
うがった見方かもしれないけれど、自由を奪われ監視しつくされた社会でふつ
うの人が生き抜いた方法を象徴的に表しているように思う。

中絶どころか避妊の自由もなかったという選択肢のない世界で、さらに選択肢
のないギリギリの状況に追い込まれたオティリアは、身を削って心を削って、
目的にたどりつくためのギリギリの選択をする。
その点で、苦しいことは苦しいと泣けて弱みをさらせるガビツァは、長い目で
見ればむしろしたたかで、上手に身と心を削ることを回避している。

もちろん、途中でボーイフレンドに相談したり、彼女なりの弱みの見せ方と人
への頼り方はある。もちろん、ガビツァへの友情も動機にはなっているだろう。
でも、彼女の感情を抑えた行動と選択を一通り見て、冷静な選択の連続を、私
はとても心配になる。
ここは1987年のルーマニア。2年後にチャウシェスク政権は倒れ、独裁者夫妻
は公開処刑される。
伏線のように見せられながら、結局結末まで何ともつながらなかった、オティ
リアが医者のカバンからこっそり盗ったナイフと、医者が忘れていったIDカー
ド。手の中におさめたオティリアの「物語後」が、なんだか私には不安なんだ。

■INFORMATION
★DVD
4ヶ月、3週と2日 デラックス版
価格:¥ 4,042(定価:¥ 4,935)
http://www.amazon.co.jp/dp/B001B4LQDY/ref=nosim/?tag=oushueiga-22

★今日のメルマガ、気に入ったらクリックをお願いします。
http://clap.mag2.com/caemaeboup?S191

---------------

感想・問い合わせはお気軽に。

編集・発行:あんどうちよ

リンクは自由ですが、転載には許可が必要です。
一部分を引用する場合には、連絡の必要はありませんが、
引用元を明記してください。

Copyright(C)2004-2008 Chiyo ANDO

---------------

一覧へ ←前へ →次へ 登録フォーム

HOME