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欧 州 映 画 紀 行
                 No.199   09.01.18配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 対話たちの呼ぶ人恋しさと、スクリーンをそよぐ風 ★

作品はこちら
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タイトル:『木と市長と文化会館 または七つの偶然』
製作:フランス/1993年
原題:L'arbre, le maire et la médiathèque ou les sept hasards
英語題:The Tree, the Mayor and the Mediatheque

監督・脚本:エリック・ロメール(Eric Rohmer)
出演:パスカル・グレゴリー、ファブリス・ルキーニ、アリエル・ドンバール、
   クレマンティーヌ・アムルー、フランソワ=マリー・バニエ、
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■STORY&COMMENT
パリの南西、ロワール地方の小さな村の市長ジュリアンは、国からとった助成
金で、野っ原に文化会館を建設しようと考えていた。
ジュリアンの恋人の小説家ベレニス、偶然出会ったジャーナリスト、ブランディー
ヌ、老齢の木を切って文化会館を建設することに反対する地元の小学校教師マ
ルク、などなど、多くの人が関わるうちに、文化会館計画は、思わぬ方へ。

「もしも、統一地方選の前に社会党の支持率が下がらなければ」「もしも、雑
誌記者のブランディーヌが留守電のプラグを抜かなかったら」、などなど、
「もしも」ではじまる短い文章ではじまる7つの章で構成される。

ちょっとした偶然に左右されて物事が動いたり、変化したりする流れが用意さ
れているけれど、偶然性がテーマというわけではない。
ジャーナリストと市長の会話のなかには、政治談義がたくさん登場するけれど、
政治がテーマでもない。
老齢の柳の木を守るか、文化会館を建設するか、という対立はあるけれど、エ
コロジーが主題になっているわけでもない。

何がテーマというのでなく、何の動きを追うのでなく、ひきつけられるのは、
あらゆる章のあらゆる場面で登場人物たちの繰り広げる対話の一つひとつだ。
「左派」を自認する割りに、領主だった先祖の大きなお屋敷に住む市長ジュリ
アン、田舎より断然都会を愛していて、環境問題はテクノロジーがすべて解決
するでしょう、と語る彼の恋人のベレニス。二人ともある程度ありがちで、紋
切り型で、でも、それが、憎めなくてチャーミングだ。

文化会館建設に反対する小学校教師マルクも、反対ばかりして行動しない環境
派の紋切り型なのだけれど、そこが「んふっ」と笑いを誘うおかしさ。観客は、
その紋切り型を上から見るんじゃない、対等で身近な隣人を微笑ましく思うよ
うに眺めることができる。

現代の日本と同じだね、と苦笑してしまうような「国中に道路を張り巡らして
いる」話や、「都会と田舎の関係」やら、新しい施設の建物の善し悪しやら、
知的な好奇心を持っている人なら誰でも、カフェや酒場の与太話でできたらい
いだろうなー、と思うようなネタの数々。

おしゃべり好きな登場人物にあてられて、人恋しくなるやもしれない。
くだらなくて、おしゃれで、かわいらしい対話たちは、何度も繰り返し観たく
なる魔力を持っている。


■COLUMN
何度かこのメルマガでも書いている、私の好きな映画作家エリック・ロメール。
今回取り上げたのは、ロメール作品のなかでも、私が初めて観て「絶対この人
好きっ」と虜になった作品だ。
その頃は、それほど映画好きというわけでもなかった。実を言えば、「体系的
に観てない」「誰もが知ってる話題の作品を知らない」などの理由で、今でも
ホントに「映画好き」なのかどうかも怪しい私ではあるけれど、映画を頻繁に
観る習慣を持つきっかけになった作品でもある。

前回、ロメール作品を取り上げたのは、1年ちょっと前の2007年12月21日、
『冬物語』
らしい。バックナンバーページで検索をしてみると。
この時のコラム欄を読むと、ロメールが最新作を最後に引退を表明したことを
語っていて、自分で書いておきながら、すっかり内容なんて忘れていた私は、
「へー、こんな前にそんなことを書いていたんだ」と驚く。
何しろ、1年ちょっと経ってまたロメール作品を取り上げるタイミングが今に
なったのも、ロメールの引退絡みなのだ。

その同じコラム欄で私は、その最後の作品を日本で観ることができないんじゃ
ないか、と事が決まってもいないのに嘆いてみせているが、最後の作品『我が
至上の愛 〜アストレとセラドン〜』が、今週末1月17日から公開中だ(銀座テ
アトルシネマ、全国順次公開)。15日の朝日新聞にも、ロメールの引退作とし
てカラーで大きく紹介されていた。
そんなこともあって、今週ロメール作品を取り上げたわけだ。

観られないんじゃないかと嘆いていた割に、私は、春にフランス映画祭で、一
足先に『アストレとセラドン』を観た。
引退を決めている作品とは思えないほど、もしくは、引退を決意しているから
こそ、まるで若返ったかのように、みずみずしい1コマ1コマが印象的で、ア
マチュアっぽいシンプルさを湛えた作品だった。

でもね。
17世紀の小説をほぼそのまま使ったという韻を踏んだセリフや、絶対的な貞節
というテーマ。「フランス映画がスキ!」なんて平気で言っちゃう映画ファン
を含めても、正直なところ、一般の人が観て楽しめるんだろうか、と私はちょっ
と心配だ。別にロメールファンではないフランス映画好きにこれを勧めるかっ
つうと、あんまり自信はない。
私は、ロメールファンとして、「ああ、ああ、ロメールだよ。巨匠しかこんな
作品は作れないよ」と、やたらにんまりと愉しんでしまうのだけれど、それは
やっぱり「マニア的」「オタク的」な視点だろうし。

ただ、1つだけ。
今回の『木と市長と文化会館』との関連で言ってみよう。
「現代的」な主人公たちがおしゃべりしまくるこれと、古典劇(5世紀ローマ
時代が舞台)である最新作とでは、もちろん作品のタイプが違う。
しかし、現場で音も映像も撮って、基本的に物語の進行と撮影の順序を同じに
する手法をとるロメール式は、二つの作品の印象を似通わせるのも事実だ。

今回、『木と市長と文化会館』を改めて観て、そっくりだ、と感じたのが、
「空気と風」だ。『木と市長……』の木々と野原と木漏れ日のある美しい田舎
の風景と、『アストレと……』の5世紀の風景としてロケ地となった手つかず
の自然が繰り出す風景と、その映像には、どちらも美しい空気の動きがある。
そこに吹く風を、まるでこの身に受けたような気になり、その空気の香りを吸
い込んだような気分になる。

スクリーンから風を感じる。それは楽しくて美しい体験。そして、自信を持っ
て勧められるポイントだと、思っている。


■INFORMATION
★DVD
エリック・ロメール コレクション 木と市長と文化会館 [DVD]
価格:¥ 4,489(定価:¥ 5,040)
http://www.amazon.co.jp/dp/B000MEXAMO/ref=nosim/?tag=oushueiga-22

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編集・発行:あんどうちよ

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