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欧 州 映 画 紀 行
                 No.231   10.06.25配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 落ち着かないところも 印象に残るところも それが家族の視点★

作品はこちら
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タイトル:『彼女の名はサビーヌ』
製作:フランス/2007年
原題:Elle s'appelle Sabine  英語題:Her Name Is Sabine

監督・共同脚本:サンドリーヌ・ボネール(Sandrine Bonnaire)
出演:サビーヌ・ボネール
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■STORY&COMMENT
『灯台守の恋』『親密すぎるうちあけ話』など(作品セレクトは当メルマガで
取り上げているものにした)、女優として活躍するサンドリーヌ・ボネールが、
自閉症の妹サビーヌを、長年撮影したドキュメンタリー。

観客でいることにとても苦労する作品!

「扱いが難しい」とは家族が皆認識していたものの、普通に話し、普通にいっ
しょに旅行に行き、ピアノを弾いて楽しそうにしていたかつてのサビーヌと、
精神病院の入院を経て、30キロ太り、ただ怠惰に自分のこともできず、周りと
調和することもできず、自立して行動できなくなってしまった現在のサビーヌ。
まるで別人のような二人の姿が交互に映し出される。

もちろん、観る側が「苦労する」のは、その別人のようになってしまったサビー
ヌの昔と今を観なければならないことは辛い体験だ、ということが一つ。

もう一つは、何かを主張しているんじゃないかと思いがちな「ドキュメンタリー」
でありながら、「これ」という主張が見あたらないことだ。
サビーヌが子供の頃に「自閉症」への理解があれば。
サビーヌをきちんと診断できる医師がいたなら。
入院させるときに他の病院にしていたら。
もちろんそんな後悔は画面のなかからにじみ出てくる。

だけど、何かのメッセージや告発があるわけではなく、今と昔のサビーヌ、同
施設の他の入所者、その家族、介護士らをただ静かに見ている。そんな趣きが
強い。
それは、観客にとって少し居心地が悪い。何かを糾弾する映画なら、その糾弾
や批判に寄り添い、いっしょになって対象を非難してもよし、賛成できないな
ら、「違うだろう」と腕組みしてもよし。
意見表明がされているのなら、賛成、反対、どっちつかず、自分の立ち位置を
ある程度決めて観られるから、ラクなのだ。しかし、そうではなく、静かに情
景を映し出されるものには、あっちを見、こっちを感じ、観てる状態が安定し
なくて疲れる。

その安定しなさ具合は、観ている側の客観性がはがされるから起きるのだと、
私は思う。
客観的でいられるのは、冷静でいられることである。腕を組んでちょっと引い
て自分の意見を言うことができることだ。
誰かを声高に批判するのでなく、ただその人を見つめている。それは家族の視
点に他ならない。誰のせいともいえず、何が悪いとも言えず、迷いもありつつ
ただただ見つめる。この作品では、観客はこんな家族の視点に引き込まれて、
腕を組んで冷静に何かを言うようなことができなくなってしまう。

介護士や施設入居者の家族へのインタビューでは、行政の現状や、看護、介護
する側の意識など、「客観的事実」を多少垣間見ることができる。
しかし、大半は、客観的な視点じゃなく、安定した冷静な状態を捨て、家族が
家族に向けて注ぐ眼差しにつきあっていくのが、この作品を観るということ。

そんな観客を務めるのはちと辛いが、いい体験であることも間違いない。
サビーヌの姿はずっと目に焼きついていると思う。

■COLUMN
ドキュメンタリーって、自分の知らない事実を知ろうとか、社会の現実を考え
ようとか、変に身構えてしまう。ある年齢まで、虚構の物語に逃げ込むことに
忙しくて、ドキュメンタリーやルポルタージュの類をほとんど読んだり観たり
しなかったので、単にまだ「ドキュメンタリータッチ」に慣れていないのかも
しれない。
だから(なのか因果関係はよくわからないが)、こういう私的な目線にあふれ
たドキュメンタリーは、簡単に立ち位置が決まらないから落ち着かないけれど、
その分、観終わって振り返ると、とてもよかったなあと思う。事実を知らしめ
てくれるもの以上に、気持ちは入り込み、印象を深くする。

上に書いた「家族の視点」というのは、今私がそう名づけたのだけれど、具体
的に説明すれば、社会的な目的や、方向が特に定まらないということだ。誰か
を批判したいわけでも、誰かを告発したいわけでもない。「何を言いたいのか」
がはっきりしない視点だ。これは完全に勘だけど、そのように作ったのではな
く、どうしてもそうなってしまうものなんじゃないかと思う。

家族で起きたことというのは、家族に対しではなく外の誰かであっても、誰か
を糾弾すればその分、家族自身への批判としてかえってくる。
たとえば見抜けなかった医師を責めるならば、その医師を選んだこと、その医
師の後に別の医師に診せなかったこと。病院の対応を非難するなら、病院の選
択、そもそも病院に入れなければいけなかった家庭の事情、等々、何を言って
もすべて、最終的には家族同士が矛先を向け合うことにもなりかねない。

家族の一員として家族を題材にドキュメンタリー映画を撮るのなら、誰かを悪
者にするのではなく、社会に潜む問題点をえぐるのでなく、ただ、ひたすら静
かに家族の姿を見つめる、その方法しか、とれなかったんじゃないだろうかと。
家族だからこそできる静かな見つめ方、家族だからこそ誰も糾弾しないように
するならこうするしかない描き方。私が「家族の視点」と言ったのは、その二
つのことからである。

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★コメントくださった方へ返信

信田 さま
ヤスナ役の女優さん、ほんとうに魅力的な人ですね。「メジャー」な国の女優
さんなら、いつかどこかで再会することもあるでしょうが、セルビアの映画は
そんなに日本に入ってくるわけではないし、いつか会えるといいのですが…。
『おれは直角』、題名しか知りませんでしたが、機会を探して読んでみますね。
ありがとうございます!

★DVD
彼女の名はサビーヌ
アフィリエイトリンクです。

★今後の予定
ちょっと時間に余裕ができてきたので、
もう少し短いスパンで発行できると思います。
即週刊に戻るのは難しいかも知れませんが、
なるべく週刊に近くなるようにします!

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