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欧 州 映 画 紀 行
                 No.185   08.08.28配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 明日になったら、過去をもう一度見直してみようか。 ★

作品はこちら
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タイトル:『かつて、ノルマンディーで』
製作:フランス/2007年
原題:Retour en Normandie 英語題:Back to Normandy

監督:ニコラ・フィリベール(Nicolas Philibert)
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■STORY&COMMENT
巨大美術館に働く人々にスポットをあてた『パリ・ルーヴル美術館の秘密』、
ろう者の日常を淡々と描いた『音のない世界』などで知られるニコラ・フィリ
ベール監督のドキュメンタリー。

上記のかつてこのメルマガで取り上げた作品と比べると、異質な感じのする作
品だ。ルーヴルのドキュメントは、あの巨大美術館でどんな人がどう働いてい
るんだろう、と自然に興味をそそられる。ろうの人たちにしてもそうだ。この
メルマガでは取り上げていないけれど、ヒット作『ぼくの好きな先生』は、田
舎の小さな小学校が題材。全部の学年が同じ教室で学ぶ学校って、どんなだろ
う、と(好みはあれど)多くの人の興味をひくテーマだ。

だが、この作品は、恐らく監督のごく個人的な興味から出発していて、映し出
す対象が何なのか、テーマが何なのか、わかりにくい。
このドキュメンタリーに出てくるのは、30年前に撮られた『私、ピエール・リ
ヴィエールは母と妹と弟を殺害した』という映画の出演者たち。19世紀にこの
ノルマンディーで起こった実際の事件を題材にした映画で、俳優はプロを使わ
ず、地元の人々を起用したのだ。助監督として参加した若きフィリベールは、
キャスティングを担当していた。
30年ぶりにこの小さな村に出向き、かつて一緒に映画を作った人たちに会う。
彼らへのインタビューがメインで、その発端となった『私、ピエール・リヴィ
エール……』を間に入れ込みながら、映画は進む。

おわかりだと思うけれど、私はテーマがわかりにくいから、つまらん、と言っ
てるのではない。
当時のことを楽しく振り返る人もいれば、映画の話なんかしない人もいる。撮
影が終わって何年かした頃に起きた個人的なことを話す人もいる。30年前にあ
る映画に関わった、という点ではつながっているけれど、そこ以外に明確なつ
ながりが感じられないインタビュー群。それがなぜだか目が離せない。
途中、どこにどうやってオチをつけてテーマを落ち着かせるんだろう、とある
意味ハラハラしながら観ていたけれど、終盤になったら、そういうことどうで
もよくなった。
無名の人で、特別の職業に就いている訳でも、その人の経歴が特別なのでもな
いけれど、その人の話を聞きたいと、思う。自分でも理由を説明しがたい興味
が湧いてくるのだ。

「どこにオチを」という心配は、おそらく作り手の懸念でもあったのだろう。
主役を演じた青年だけが、この土地を離れてしまっていて消息不明。死んだと
も、カナダに移住したとも、いろんな噂がある。なかなか再会できない、とい
う「サスペンス」を用意して、アクセントにしている。
きっと、このドキュメンタリーをとるにあたって、彼を本気で捜したのはホン
トだけれど、彼の居所や今の生活が明らかになっていく過程は、映画の組み立
てに合わせたもので、この話の時間の順序やタイミングについては、少しばか
りフィクションを入れたんじゃないかと私はにらんでいる。

結局、この「サスペンス」の差し込み方はうまい。最後に登場する彼の様子は、
想像と少しギャップがあって意表をつかれ、皆との再会シーンは、きゅっとま
とまる高揚感をプレゼントしてくれる。
何か問題が起きていた訳でもないのに、「おお、よかったなあ」と緊張の後の
ハッピーエンドのように、ラストにほっとしてしまった。

■COLUMN
主人公の妹役を演じたと語る、当時高校生だったアニックという女性は、撮影
のことを本当に楽しそうに回想する。
彼女は現在は知的障害を持つ人の施設で働く普通のおばさんだ。
もちろん、30年前に映画に出てから、その後、映画や演劇に関わることはして
いない(そうは言っていなかったけれど、たぶん何もしていないと思う)。
その彼女が、重要な役柄に抜擢されたことを「チャンスをつかんだ」「このチャ
ンスを逃したくないと思った」と振り返る。

監督やスタッフが、パリに出ようとか女優になろうとか、思わないように、と
心配したらしいから、10代の彼女にはちょっとその気になる気配があったのか
もしれないが。でも、彼女が今言う「チャンス」とは女優になるチャンスとか、
成功に近づくチャンスとか、そういう意味ではないようだ。

自分の幅が広がるチャンス、いろいろな人を眺めるチャンス、人生を考えるチャ
ンス、そうした内的な満足や成長を得る機会としてのチャンスらしい。

私が何かの体験についてそういう説明をつけるとき、職業上何か輝かしいこと
を成し遂げる、お金をたくさん稼げる、人から評価される、など、外から見て
もわかりやすい「成功」につながったものにこそ、「逃したくないチャンスだっ
た」と言うだろう。

私だってもちろん、内的な何かを軽視しているつもりは全然ないけれど、人生
においてそれは「脇」のこと、と思いこんでいたように思う。私はそんな風に
しか捉えたことがなかったから、アニックの考え方は新鮮で、ずいぶん深く広
い気がした。
考えてみたら確かに、機会やチャンスは、客観的に評価されるような事柄だけ
に訪れる訳じゃない。楽しいと思える思い出が一つできて、新しい世界をのぞ
くことができて、いろいろ考えることができて。自分がそれを喜んでいるのな
ら、それはある種の「成功」で、それをもたらす可能性のあることは「チャン
ス」だ。

内的な経験を、アニックのように素直に喜び、人生の重大事と思わないでいる
と、いつしかそういう経験をすることへの感受性をつぶしているのかもしれな
いと、ちょっと怖くなった。
すぐに、そんな自分史の語り方はできないけれど、機会改め、かつての経験や
ら岐路やら出来事やら、捉え直してみようかと思っている。

■INFORMATION
・DVD
かつて、ノルマンディーで
価格:¥ 4,632(定価:¥ 5,040)
http://www.amazon.co.jp/dp/B0019SO1AW/ref=nosim/?tag=oushueiga-22

・涼しさがやってきたところで、夏休みをとることにしました。
来週、再来週はお休みします。
再開は9月18日(木)の予定です。


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編集・発行:あんどうちよ

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