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欧 州 映 画 紀 行
                 No.196   08.12.25配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 起きたことはなかったことにはならない世界で生きるには ★

作品はこちら
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タイトル:『つぐない』
製作:イギリス/2007年
原題:Atonement 

監督:ジョー・ライト(Joe Wright)
出演:キーラ・ナイトレイ、ジェームズ・マカヴォイ、シアーシャ・ローナン、
   ロモーラ・ガライ、ヴァネッサ・レッドグレーヴ
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■STORY&COMMENT
1935年、イングランド。タリス家の屋敷では、休暇で帰ってくる長兄を、小説
家志望の末妹ブライオニーが、自作の劇で歓迎しようと準備していた。一方、
姉のセシーリアは、ふとしたきっかけで、冷たくあたっていた使用人の息子ロ
ビーを愛している自分自身を悟る。
ロビーにほのかな恋心を抱いていたブライオニーはまだ13歳。たまたま窓から
見た二人の光景を理解することができず、嫉妬心を抱き、その日屋敷で起きた
事件の犯人をロビーに仕立ててしまう。

愛を確かめ合った瞬間に離ればなれになった一組の恋人と、姉の人生を狂わせ
てしまった妹のつぐないの人生の物語。

セシーリアとブライオニー、それぞれの心理描写、屋敷で起きる事件の緊迫感、
身分違いの恋、戦争で引き裂かれる愛し合う者たち、人も土地も荒廃する戦場。
そして嫉妬と誤解によって狂う運命。見どころがつまった作品だから、どこか
ら語ったものか、迷う。どこをとっても1本2本、書けそうな厚みだ。
やっぱり、タイトルたる「つぐない」を考えてみようか。

13歳で人を陥れ、取り返しのつかないことをしてしまったブライオニーが、大
人に近づくにつれ自分のしたことの何たるかを知り、行う「つぐない」の一つ
は、大学には行かずに看護師の訓練を受けること。もう一つは自分の犯した罪
を告白する小説を書くこと。すなわちこの物語はブライオニーの「つぐない」
そのものだ。

人は取り返しのつかないことをしてしまったときに、それをつぐなうことがで
きるのか。
死んだ人間は帰ってこないし、当事者が生きていても、引き裂かれた関係はも
うどうにもならない。そこまで大きな事でなくとも、口に出してしまった言葉
はもう引っ込まないし、傷ついた心が元のまっさらな状態を取り戻すこともな
い。

取り返しをつかないことをしてしまった者は、元に戻せよと全てを返せよと、
ののしられる。しかし、時は再び同じところを巡らず、起きたことはなかった
ことにならない以上、「つぐなう」ことができるとすれば、そのしたこととは
別のところで何かをするくらいだ。

ブライオニーの行為を自己満足だとしりぞけることはたやすい。でも、そもそ
も「つぐなう」行為は、直接的には何の成果もないことを、内外からわきあが
る「起こったことをなかったことにしろ」と言う声に抗って、ただひたすら行
うこと。「一体その行為が何になった?」と問えば、しりぞけることしかでき
ない。

たまたま最近、アガサ・クリスティーの自伝を読む用事があって、それで知っ
たのだが、戦争がはじまると、救援・看護講習を女たちはこぞって受けるのだ
そうだ。
少し時代は違うけれど同じイギリス、看護の訓練を受けることは、いちばん身
近にあって、身を投じやすい「人の役に立つこと」だったのだろう。

人の役に立っても、他の誰かを勇気づけても、告白して物語を作っても、そこ
に美しいストーリーを描いても、もう永遠にブライオニーは傷つけた心を修復
することはできない。それでも、もう取り返しがつかなくなった後の世界を生
きる者には、そうしてある今この世界を、少しはマシにするくらいしか、つぐ
なう方法はない。 のかねえ。
木枯らしに身を縮めながら考えた。

■COLUMN
蜂の羽音で心の動揺を表現したり、BGMにタイプライターの音を重ねて、緊迫感
を表したり、音の演出が興味深い。
特に、全編に「ついてまわる」タイプライターの音は、最後まで観れば、この
物語をしたためながらつぐなおうとするブライオニーが、各シーンに寄り添っ
ていたともとれる。シーンの緊張感とともに、何かに追いかけられるような怖
さをぬぐい切れない演出だ。

昨今、パソコンでメールを書いたり文書を作成したりする毎日を送る人は珍し
くなかろうが、私は一応、文章を書くことを仕事にしているので、ふつうのひ
とより「タイピング」をする時間は長いと思う。

「タイピング」と名は残っても、往時のタイプライターと、今のパソコンのキー
ボードでは全然違う。押すのに入れる力も違えば、指を動かす距離も違う。そ
して、あのカシャンカシャンパシッと響く音はまったくない。
毎日毎日タイピングをしていて、あの音がしていたら、きっと夢までついてく
るに違いない。そんな生活じゃなくてよかったよ、技術の進歩はすごいもの。
と思いながら、ふと気づく。

私のキーの打ち方にあるクセを見つけた。すごく集中した末、もしくはすごく
苦しんだ末に文章を書いた時には、どうしても打ち方が強く荒くなり、そして
特に、リターンを押す右の小指もしくは、薬指に変えて打つときの打ち方がや
たらに強くなることがある。もちろんあのタイプライターの音の比じゃない。
しかし、ほとんど音が気にならない他のキーに比べずいぶん大きく、カショカ
ショカショのペシンッとなる音は、気になり出すと耳に残り、そういう打ち方
をするときはその直前までコロリと忘れていた時だから、自分のキーの打ち方
にびっくりさえする。

やたら苦しんで書いた後に、またあのキーボードの音に夢までついて追いかけ
られる気がする。
今回のメルマガは、いつもよりちょっと余分に迷って、余分に考え込んで、余
分に時間をかけた。ああ、さまよえるタイピングの怨念よ、キーボードの音の
お化けとなって、夢にまで入り込んでこないでおくれ。

■INFORMATION
★DVD
つぐない
価格:¥ 3,411(定価:¥ 3,990)
http://www.amazon.co.jp/dp/B001CPPU4S/ref=nosim/?tag=oushueiga-22

★今回のメルマガ、気に入ったらクリックお願いします。
http://clap.mag2.com/caemaeboup?S196

★年末年始の予定
未定です。すみません。
このままお休みに入ってしまおうか、それとも、
1週間後は1月1日。年内にもう1本出して、お正月は休もうかなー。
とも思っていますが、まだ決まってません。
サプライズ発行(?)もお楽しみに。

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お便り待ってます!

編集・発行:あんどうちよ

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