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欧 州 映 画 紀 行
                 No.222   09.10.30配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 綿密に練り上げられる緊迫 ★

作品はこちら
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タイトル:『4分間のピアニスト』
製作:ドイツ/2006年
原題:Vier Minuten 英語題:4 Minutes

監督・脚本:クリス・クラウス(Chris Kraus)
出演:モニカ・ブライブトロイ、ハンナー・ヘルツシュプルング、
   スヴェン・ピッピッヒ
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■STORY&COMMENT
刑務所でピアノ教師として働くクリューガーは、ジェニーという札付きの受刑
者にピアノの才能を見出す。ジェニーは子どもの頃からピアニストとして将来
を期待されていたが、さまざまなことが原因で道を踏み外したのだった。クリュー
ガーが彼女をコンクールに出すよう周りを説得し特訓がはじまった。

ちょっと前の作品。最初は映画館で観たのだけれど、その時は確か、ピアノシー
ンの映像があまり好きになれなかった。最近、この作品の音だけをたまたま聴
いて、「お、実はいい感じ?」と、もう一度観てみることにした。

相変わらず、いちばん盛り上がるピアノ映像のところに、どうも乗れなかった
のだけれど(曲はいいんですよ!)、内容を知ってて観ていると、ピアノ教師
とすぐに暴力をふるいたがる受刑者という二人の女性の心理劇が綿密に作られ
ている様を堪能することができた。

幼い頃からコンクールでよい成績を残しながら、刑務所で札付きとなっている
ジェニーのかかえるもの、優れた演奏家でありながら孤独に過ごし、刑務所で
ピアノを教えるクリューガーがかかえる過去、クラシック以外を低俗なものと
一切受けつけないクリューガーと、誰にもじゃまされない「自分の音楽」を持っ
ているらしいジェニー。二人がぶつかりながら、思いがけず接近し、融和する
かと思えば突然また壊れる。

作り手がここで披露する綿密さというのは、決して二人の事情を明らかにする
のでなく、さらに互いのいだく感情をクリアに伝えるのではない。綿密に、わ
かりそうでわからず、想像するか諦めるしかないところに、観る者を追い込ん
でいく。
その追い込みは二人の間の緊張をよく伝え、さらに、クリューガーの興味が自
分からジェニーに移ってしまったと嫉妬するクラシックファンの看守、やっか
んでリンチを加えようとする他の受刑者が絡み、物語は緊迫を増す。

高度に緊迫を張りめぐらせて迎える最後のピアノシーンは、緊張した分を昇華
させる唯一のシーンと言ってもいい。だから、あまり難しく考えずに、用意さ
れたクライマックスには心をゆだねて観るのがおすすめ。
(音と動作が微妙にずれているとか、あの身体の位置と動きからその音出るか
なとか、重箱の隅はつついたらいかんと、ついつついちゃった私は思う)
容赦ない人間のぶつかり合いが、とにかく印象的な一作である。

■COLUMN
近頃、私の生活はなんだか複雑になってきている。
昔はシンプルだったのだ。
「好きなもの」と「嫌いなもの」がはっきりしていて、疲れたときや落ち込ん
だときにはたっぷり寝てゴロゴロして、好きな歌手の歌を一日中聴いて、好き
な映画をくり返し観れば生活は立て直った。
そのくり返しで生きていれば、つたないながらも生活は形になった。

しかし数年かけて事情は変化し、近頃になって、これはなんだかいろいろ難し
くなってきたな、と頭を抱えている。

基本的にしつこくのめり込む方なので、一度好きになったものは、その後ずーっ
と好き。だから好きな歌手も好きな映画も私の中で持続している。違うのは、
他にも好きなものがあるってことで、特に変化したのは、昔は身体を動かすこ
とが大嫌いだったけれど、今は割と好きってところだ。
晴れた休日は、だから、昼まで寝てゴロゴロするのか、起きてサイクリングに
行くのか迷わないといけなくなった。
身体を動かしたいなってときには、自転車にしようか泳ごうかクライミングジ
ムに行こうか、選択しないといけない。

少数の好きな作家をしつこくくり返し読んでいれば満足だったものを、「エン
タメ」と括られる作家も読んでみようと思い、実用書の類も視野に入れるよう
になって、読書生活は複雑化する。

すべてがそんな具合に、やりたいこと、見てみたいことが積み重なっていく。
その上、仕事までしなきゃいけないってんだから大変だ。この仕事だって、昔
は無条件に「嫌なもの」と位置づけてシンプルだったんだけれど、これが最近
そうでもない。遊んでるよりずっと楽しいとはいわないけれど、仕事に熱を傾
けることは心地よいと思う。

きっと昔よりも私の世界は広がっていて、それはきっと誰に話したって歓迎さ
れて祝福されることなんだろう。だけれど、広がった世界は同時に、やりきれ
なかった事柄ばかりを心に積み上げて、人生を少しずつ辛くする。
辛さが降り積もるとたまに、心が今よりも閉じていてシンプルだった頃に戻り
たい、と思うことがある。

だけど、一度開けちゃった世界の扉は、めったなことでは閉じないんだなあ。

ジェニーとクリューガーの二人が出会ってピアノをはじめるまでは、ある意味
で安定していたのだと思う。ジェニーは暴力的で看守たちにも他の受刑者にも
目を付けられる問題受刑者として。クリューガーは、悔恨をかかえこんで、静
かに孤独に、音楽(クラシック限定)だけに興味をいだいて暮らす老女として。
しかし、二人は出会ってぶつかり、新しい世界を開いてしまう。ジェニーは自
分の音楽を形にすることや、もう一度誰かを好きになったり信頼したりするこ
とに目覚め、クリューガーは、音楽だけでなく人に興味を持つこと、思い出の
外の人間関係に触れることに。

それで散々二人は傷つくけれど、この二人は開けてしまった世界の扉を閉じる
ことはないだろう。

シンプルだった頃も悪くはない。だけど、流れにまかせて自分が変わること、
そして、たとえ、長続きしなくても、中途半端で終わっても、やってみたこと
のなかった何かをやってみるのは、それよりずっといい。

昔よりもちょっと複雑な今に、戸惑いながらも、扉は閉ざさずきっとこのペー
スでえっちらおっちらやっていくんだろうと、引いて自分を眺めるこの頃の私
である。

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