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欧 州 映 画 紀 行
                 No.233   10.07.09配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ シンプルな物語の多重な楽しみ ★

作品はこちら
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タイトル:『抱擁のかけら』
製作:スペイン/2009年
原題:Los abrazos rotos 英語題:Broken Embraces

監督:ペドロ・アルモドバル(Pedro Almodòvar)
出演:ペネロペ・クルス、ルイス・オマール、ブランカ・ポルティージョ、
   ホセ・ルイス・ゴメス、ルーベン・オチャンディアーノ、
   タマル・ノバス
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■STORY&COMMENT
2008年、マドリード。元映画監督で、目が見えなくなってからは脚本家として
活躍するハリー・ケインのもとに、ライ・Xと名乗る男が現れ、自分の監督す
る映画の脚本を依頼する。その男は、かつてのハリーの秘密を握っているらし
い。ハリー本人も、長年エージェントとして彼を支えるジュディットも、決し
て話そうとしない、14年前のある恋の物語が明かされていく。

現在(2008年)と、1994年の物語が、交互に入って映画は進んでいく。どんな
話なのか、まったく予備知識を持たずに観た私も、迷子になることはなかった
から、二つの時代を行き来する構成も特に複雑には感じないだろう。

簡単に言ってしまうと、94年の物語は富豪と映画監督と美しい女優の愛のもつ
れが描かれ、2008年の物語は、その愛の物語にあった不明部分がしだいに明ら
かにされ、同時にそのことによって人が再生していく。

物語としては特に珍しくなく、むしろどこにでもあるような恋物語。メロドラ
マにもありそうな設定だ。が、そのシンプルさ故に、多重な観方が楽しめるの
が、この作品の醍醐味じゃなかろうか。

多重な観方とは。
たとえば、ペネロペ・クルス演ずるレナの女優っぷり。いろんなウィッグをつ
けてみて、いろんなタイプのメイクをしてのカメラテストは、ペネロペのコス
プレショーみたいであり、男性でも女性でも、ペネロペファンなら、何度でも
観ていたいだろう。
そういうところから、「映画監督」の撮影対象を見つめる目を考えることもあ
りだ。映画撮影のシーンも少なからず出てくるから、映画の世界をのぞく楽し
みもある。撮る側と撮られる側の関係性を考えるのにもよく合う素材だ。
あるところで時間が止まってしまっていた人の人生が、再び息を吹き返す様子
は、何か長いわだかまりがあって苦しんでいる人にとって、大きなエネルギー
になるだろう。
そして、94年の愛の行方や、その詳細を隠そうとする当事者、突然現れた富豪
の息子(映画の脚本を依頼してきたライ・X)の企み等々、ミステリーに満ち
た展開と、ひとつひとつ紐解かれていく謎に心をゆだねるのもいい。

私が観て今回、いちばん心にささってきたことは、未来がなくて激しい愛の哀
しさだった。
予備知識なく観たけれど、2008年にレナの姿がない以上、94年の愛の物語は何
らかの形で終わっているはずで、富豪の愛人たるレナを愛した映画監督ハリー・
ケインと、富豪の愛人であるにもかかわらず、映画監督を愛してしまったレナ
は、ひたすら未来がなく、その愛は痛い。
見ていて痛々しく、ハラハラするのだが、その分、その愛は、肉も精神も鋭敏
で思いが凝縮され、見守っていると、その希有な痛さと鋭敏さが自分の心にも
移ったかのようになる。
そんな自分の心の動きが不思議だった。

物語がシンプルであるが故に、何度観ても、別の角度からの観方を楽しめる。
人によって注目点が違ってくる。
親しい人と批評をしあうのにも向いた作品。一人、自分の心の動きにつきあう
のにも、もちろん向いている。

■COLUMN
便宜上、というのも言い訳がましいが、上で物語のテーマと構造を「簡単に言っ
てしまっ」た。しかし、優れた物語というのは、こうした枠へのあてはめや、
簡単にまとめてしまうことを、拒否する力を持っているものだ。

この物語だって、あらすじだけ言ってしまえばよくある話だけれど、そう言っ
た瞬間、上の文章でも、今この文章でも、私の胸はチクチク痛み、「ごめんな
さい、そうじゃない、そうじゃないから、早く事情を説明させてくれ」とうめ
いている。

「よくあるこういうタイプ」、「あの話に似たあれ」、「こういうジャンルの
話」、そうしてタイプ分けしようとしても、どうしてもそれだけでは説明がで
きない。そう観客に思わせたら、その物語は下世話な言い方をすれば「勝ち」
である。
あらすじを説明して、「まあ要するにこういう話」と説明して心にちくちくこ
ないなら、きっとその物語はその人にとって面白くないか、大事でないか、ま
あ、そんなところだ。
よくある三角関係の物語と言い切ろうとした瞬間に、いやいや、それでは言い
切れない部分があって、と言葉を続けたくなる、これはレナとハリー(マテオ)、
エルネスト・マルテル(レナの愛人の富豪)の唯一無二の物語で、となんとか
その繊細な関係、特別な関係が伝わらないかと考える。物語は最低限、そうい
う感情がわいてこないと、「好き」にはなれない。

だから、すごーく好きな物語だったりすると、こういうレビューを書くときに、
むしろ歯切れが悪い。「こういうジャンル」とか「要するにこんなタイプ」と
まとめられてしまうことに逆らって、なんとか個別の物語のありかたを伝えよ
うとして、まとまらなくなる。言いたいことが沸いて出て、ばっさり内容を切
れなくなる。後で見返しても、下手なレビューだなーと思うのは、自分が入れ
込んでしまっている作品に多い。

おそらく、映画に限らず、物語というのは、最終的にそうやって観客や読者な
ど、受け手を巻き込んで、成立するものなんだろう。一般論では片づけられな
い。誰かの人生が、○○タイプと仕分けされて認識されるようなものではなく、
個別の唯一無二の何にも似ていないものであるように、その物語、その登場人
物の関係が、唯一無二のそれと感じられて、そう証言できる受け手が存在して
こそ、やっと物語はこの世に存在できるんだと思う。

だから、こういうレビューをやるのも、物語の成立や発展や再生や、新たな物
語の誕生に、少しは貢献してると、思ってるんだけどね、勝手に。

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