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「ムッシュ・カステラの恋」

No.002 本誌発行日 2004年5月20日  本誌バックナンバーへ

(04.10.10 のつぶやき)

心の温かくなるドラマ、と皆が言うけれど(私ももちろん異論は唱えない)、
全部がハッピーエンドなのかというと、そうでもない。

確かに、招待したカステラが座席にいないことで、やきもきするクララが、
別の席で「ブラボー」と言うカステラを発見しての満面の笑みは、最高のハッピーエンド。

だけれど、愛すべき登場人物皆に目を向けてみれば、
マダム・カステラは、夫に別居されてしまったのだし、
マニはまたしても男に去られてしまった。去った側のフランクだって、口笛吹きながらいなくなったわけじゃない。苦渋の決断だった。
フルートを奏でるブリュノは、なしのつぶての恋人をどう想っているのか。
ラストの笑顔は、クララの新たにはじまる片思いと解釈できなくもなく、
カステラも、結局は今は一人暮らしなわけだ。

別居、別れ、失恋。皆が別離を経験する、それがこの物語の結末だ。
よく考えるとこれは、かなり突き放したかっこうではなくて?
別離はネガティブなイメージしか通常もたないもので、最後に別離が多く用意されるなら、
手放しで心が温まるとは言わないものだ。
しかし、見終わってこの作品に感じるのは、悲しさややり切れなさなんかより、人間の温かさ。

なんで、そんなコトになるんだろう。そのギャップが好きで、何度も何度も見たくなる。

もちろん、来ないかと見えたカステラが、客席にいるシーンは、後味を決める重要なカギだと思う。
しかし、その一点だけではなく、皆がハッピーで終わったように見えるのは、
メルマガ中でも書いたが、登場人物達が、今までの自分にはなかった、新しい世界へと目を向けているから、じゃないだろうか。

<別離>と言えばそれは辛いことでしかないが、その代わりに見えてくる新しい世界に目を向ければ、いくらでもポジティブになれる。

その人柄にもセンスにも否定的だった、義妹と間に新しい友情が芽生えそうなマダム・カステラ。
マニはきっとマリファナを売って捨て鉢になることはやめるだろう。
クララには、人をもっと深く見る目が備わっただろうし、役者として、観客との向き合い方に変化があるかも知れない。
もちろんカステラは、新しい人生の喜びを手に入れた。

特別な強さじゃなくて、人にそれぞれ備わった強さがあると、この映画は言っている気がする。
そのメッセージを受けて、私はいくつもの別離に、悲しみよりも、新しい出発を見いだせる。

そういえば、アニエス・ジャウイ監督の新作「みんな誰かの愛しい人」にも、そんなところがあった。
エピソードの説明だけをすれば、ネガティブに分類されそうなことが、強さや、新しい旅立ちと写る。

こういう微妙なバランスを、うまーくとっている脚本が私は好きだ。

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