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*** 欧 州 映 画 紀 行 ***
                 No.006
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★心にためる今週のマイレージ★
++ 変身力 ++

作品はこちら
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タイトル:「メルシィ!人生」
制作:フランス/2000年
原題:Le plcard 英語題:The Closet
監督・脚本:フランシス・ヴェベール
出演:ダニエル・オートゥイユ、ジェラール・ドパルデュー、
   ティエリー・レルミット、ミシェール・ラロック、
   ジャン・ロシュフォール
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■STORY
主人公フランソワ・ピニョンは経理マン。妻には逃げられ、定期的に会うはず
の息子にもうざったがられて、相手にされない。会社では「いい人だけど、退
屈」と実に影の薄い存在だ。
ある日、彼は自分がリストラ対象になったと知る。家族にも見放され、会社に
はクビを切られ、もう死んでしまおうかと考えているところに、隣人がアドバ
イスをくれる。それは「ゲイ」と偽ること。ピニョンの会社は、コンドームを
作っている。「ゲイ」を理由に解雇したと世間に受け止められれば、企業イメー
ジに傷がつくから、クビにはできぬとの算段だ。
誰にも相手にされず、透明人間のような存在だったピニョン。彼の人生が、こ
の作戦によって、動き始める。


■COMMENT
ゲイでもないのに、ゲイと偽って、クビを白紙に戻させる。ピニョン本人も提
案を受けた後、そんな演技はできないと不安を口にするのだが、隣人は、周り
の人の見る目が変わるのだ、という。やってみたらその通り。いつもと同じよ
うに振る舞っているのに、社中にでまわった噂のおかげで、皆は勝手に、「やっ
ぱり」「あのしぐさはおかしいと思った」などと納得してくれる。他人の評価
など、かように不確かなもので。ことの次第を知っている観客としては、他人
の変貌ぶりに吹き出してしまう。

人との関係が変われば人生が変わる。今までの人生、一貫して冴えなかった男
は、数日の間に、皆の注目を浴び、会社の重役たちを混乱に陥れ、ゲイのパレー
ドで山車に乗って沿道に手を振るようになる。(そのいでたちと言えば、コン
ドーム型帽子をかぶり、「カミング・アウトしよう」と書かれたTシャツを着
る!)
美人の上司も、電話に出ようともしなかった妻子も、彼への態度を変えていく。

ここでのもう一人の主役と言ってもよい存在が、ジェラール・ドパルデュー演
ずるマッチョな人事部長。この映画は3度くらい見た私だが、彼の変貌ぶりを
見たくて、2度3度と手を伸ばしている気がする。ゲイを毛嫌いする彼も、時
代の流れに取り残されてはいけないと、必死で「ゲイに親切な上司」を演じよ
うとする。食事に誘ったり、プレゼントをしたり、一生懸命なのはわかるが明
らかに挙動不審である。「ピニョンがプレゼントしたセーターを着てくれない
んだ」と泣きそうになる表情は哀れで、だけどやっぱりおかしくて、何度見て
も笑える。

変化には、いい変化と悪い変化がある。ただ、「いい」「悪い」の判断は、本
人、周りの人、傍観者、などなど、立場によって評価が違う。きっと時間が経っ
たら、同じ立場から見ても、評価も別のものになる。「いい」「悪い」は色々
だけどとにかく、生きて、皆と関わって、よかったよね。そう素直に言える作
品だ。


■COLUMN
「○○力」という表現をよく目にする。「会議力」とか「共感力」とか、どち
らも、「話す力」とか「コミュニケーション能力」などで括っていいのではな
いかと思う。でもまあ、「組織で話し合うこと」や「相手の話を受け止めるこ
と」に絞って能力を捉えてみる方が、説得力があるならそれでいい。しかし「年
金力」となると(「別冊・週刊朝日」など)、「一体どんな力だ?、それは」
とも言いたくなる。

本来“力”とつけないようなものに、“力”をつけて話題になったのは、98年
にベストセラーになった赤瀬川原平氏の『老人力』(筑摩書房)が最初だろう
か。それから少しして、齋藤孝氏が「質問力」「五感力」など、次々と何かに
“力”をつけて言葉とするムーヴメントを起こしていったように思う。
「○○力」には「老人力」のひょうひょうとした雰囲気は今はなく、ビジネス
書や広告の世界で使われる流行り表現として定着しつつある。“力”をつける
となんか響きがいい、というのは、「○○魂」と言うとなんか凄い、というの
に似て、言葉を受け取る側の奥にある、くすぶった何かに感情的に働きかける
“力”があるようだ。

おそらく、ただ感情的にあおっているわけではない。「語学力」が「訓練の末
に身につける外国語の力」を表すように、努力して磨けばスキルアップにつな
がるものなのだ、というメッセージをこめて「○○力」と表現しているのだろ
う。相手の話を聞いて、共感する力がチームをひっぱっていくのには大切であ
り、それは、日々の心がけと練習によって、身についていくもの。そのために
勉強しよう、と呼びかけてビジネス書は隆盛を極める。
「年金」に関しても、ぼーっとしてたら損するばかり。しっかり勉強して、も
らえるものはしっかりもらうスキルを身につけよう、ということだろう。その
スキルは「持って生まれた才能」とか「運・不運」で決まるんじゃなくて、
「力」をつけてもぎとるもの! そんなメッセージで心に食い込んでくる。

今の世、人に訴えかける「○○力」を見つけることができれば、ビジネス書で
一発当てることだって可能かもしれない。で、この映画をヒントに考えてみた。
ピニョンの成功を参考にすれば、今のサラリーマンに必要なのは「変身力」。
周りの人からの評価を勝ち得て、己の居場所を確保する。そのためには上手に
変わる「変身力」が大切だ!
冗談のつもりだったのだが、Googleで検索してみて驚いた。これはすでに“キ
ヤノン”の御手洗社長が使っている。(「企業に一番大事なのは変身力」
http://www.nikkei.co.jp/hensei/ngmf2003/20031021d3k2101n21.html)

「変身力」を説いて一発当てるには遅きに失したようだ。しかし御手洗社長、
そんなキャッチコピーでいいんだろうか。
読者の皆さまも、何か素敵な「○○力」、是非考えてみてください。


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転載には許可が必要です。

編集・発行:あんどうちよ

Copyright(C)2004 Chiyo ANDO

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2004.9.13 原題と英語題を追加

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