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*** 欧 州 映 画 紀 行 ***
                 No.007
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★心にためる今週のマイレージ★
++ おかしさと悲しさと美しさと ++

作品はこちら
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タイトル:「イル・ポスティーノ」
制作:イタリア・フランス/1994年
原題:Il Postino 英語題:The Postman
監督・共同脚本:マイケル・ラドフォード
出演:マッシモ・トロイージ、フィリップ・ノワレ、
   マリア・グラツィア・クチノッタ
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■STORY
舞台は、50年代、ナポリ沖の小さな島。ここに世界的に有名な詩人がチリから
亡命してくる。詩人パブロ・ネルーダには世界中から膨大なファンレターが届
く。郵便局長一人だけではさばききれず、臨時の配達人としてマリオが雇われ
た。
マリオは著作にサインをもらっておいたら、女性にもてるだろうと、はじめは
考えていた。しかし、郵便を介して毎日接するうちに、二人の間には友情が生
まれ、マリオは詩に興味を持つ。詩の表現「隠喩」についても教わり詩を書き
たいと願うようになる。
マリオはバーで働くベアトリーチェに恋をした。「隠喩」を駆使して彼女に話
しかけ、詩を贈る……

■COMMENT
病をおして出演したマリオ役のマッシモ・トロイージが、撮影終了の12時間後
に亡くなったという、悲しくも胸を打つ逸話を持つ作品。

地中海に浮かぶ小さな島。読み書きができる人も少ない。そこに住む、唯一の
産業である漁業でさえ、体質が合わなくてできない青年と、世界的に有名な詩
人・思想家では、ほとんど別の世界の人だ。二人のその<ギャップ>が作品の
魅力だ。

<ギャップ>は、ある時はおかしく、ある時は悲しい。そして時に美しい。

聞いたこともなかった「隠喩」というものを使って表現する。朴訥な青年が突
然そんなことをしはじめたら、ほほえましくて面白い。だけれど、見守ってい
れば、笑い事ではなくなる。本屋でいつでも詩集に手を伸ばせる環境にいる私
たちよりも、ずっと言葉の本質を捉えているように思えてくるのだ。パブロの
暗唱する詩を聞きながら、波の音に身体をゆだねるように、言葉に身をゆだね
ることが、マリオにはできる。隠喩を使えば、話すこともできなかった好きな
女性に、美しい言葉の贈り物をすることができる。子どもの頃から詩の何編か
は読み、難しそうなヤツも、軽いのも、いろんな本を読み散らかした私より、
ずっとうまく詩の世界に入り込んでいる。

パブロを師と慕うマリオは、パブロの帰国後も、彼についての報道を見つけて
は喜び、立ち寄るのではないかと心待ちにする。しかしパブロからの連絡は、
なかなか来ない。パブロは世界的な思想家であり、詩人である。マリオを友人
として大切に思っているのは嘘ではないが、彼の言葉を待つ人は世界中にたく
さんいる。心の中での互いの存在感が違うのだ。

静かに寄せる波と切り立った崖。パブロの住む陽光あたたかく海を見下ろせる
丘。
ベアトリーチェのバーの赤茶けた色は、寂れた街のイメージだが、それさえも
美しい。人の出会いと景色の美が心にしみる一作。

■COLUMN
気に入った映画を、見るともなしに、BGMのように流していることがある。
部屋の片づけとか、アイロンかけとか、気が進まないことをやるときに、音を
聞きながら、ちらちらと好きな映像を見ながらだと、案外はかどることもある。
海と空が青くて、海岸に静かに波が打ち寄せる、この映画はそんなのにふさわ
しい一本だ。そして、何度見ても、横目で見ながら、最後には作業の手を止め
て涙する。
しかし、最後には泣くとわかっている映画をなぜ何度も見てしまうのだろう。
日常生活で泣くような体験はなるべくしたくないし、映画でも「泣けます!」
て宣伝されるとひく方だ。

この作品は、ただ深刻になっているだけでなくて、笑えるところもたくさんあっ
て、バランスがとれてる、というのも説明の一つだと思う。
だが、そういう一つ一つの作品の特徴を超えて、なぜ泣くとわかっている映画
をわざわざ見るのか、考えてみるととても難しい。別に解明しなきゃならない
ものでもないし、答えも一つじゃないのだろうけれど。

あえてその一つの答えを言うなら、たぶん、何かに感情移入するという行為が、
人には心地よいのだと思う。境遇を超えて、言葉を超えて、時代を超えて、な
んだかいろいろ超えて、そこ(映画)にいる人間に自分の思いをかけられれば、
自分は「いまそこ」に一人でも、世界で一人ぽっちではないと思えて。自分の
いる場所ももう一度見直せて。誰かに影響されて自分を見つめられて。泣くこ
とだけじゃなく、笑うことも、びっくりすることも、誰か他の人に対してでき
ることが、そもそも人という存在には心地よいことなのだと思う。孤独を好む
人にも。
「泣けます!」とか、「目の前にワイパーが欲しい!」だとか言われて「ふ
んっ」と思うのは、自分の力でできるはずの感情移入を、先に強制されるから、
かな。

◆お知らせ
No.002でご紹介した「ムッシュ・カステラの恋」のアニエス・ジャウイ監督の
最新作を、「フランス映画祭横浜」で見てきました。簡単なレポートを掲示板
に載せましたので、良かったらのぞいてみてください。
http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=enaout

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転載には許可が必要です。

編集・発行:あんどうちよ

Copyright(C)2004 Chiyo ANDO

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2004.9.13 原題と英語題を追加

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