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*** 欧 州 映 画 紀 行 ***
                 No.047
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★心にためる今週のマイレージ★
++ 混沌の中で生きる術 ++

作品はこちら
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タイトル:「カフェ・ブダペスト」
製作:ハンガリー・ドイツ/1995年
原題:Bolse vita 英語題:Bolshe vita

監督・脚本:イボヤ・フェケテ(Ibolya Fekete)
出演:ユーリ・フォミチェフ、イーゴリ・チェルニエヴィッチ、
   ヘレン・バクセンデイル、キャロリン・ロンケ、
   アレクセイ・セレブリャコフ、マール・アーグネシュ
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■STORY
共産主義政権が崩壊し、西側に開かれた89年のハンガリー、ブダペスト。
東西交流の要所となったこの地には、自由と豊かさを求めて、ソビエトからどっ
と人々が押し寄せた。
そして、歴史の証人になろうと西側からやってくる者もいる。そんな混沌のな
かで、出会う人々の物語。

ソビエトからやってきたミュージシャンのユーラとワジム、西側で成功してや
ると意気込む機械工のセルゲイ。そして、故国に退屈して混沌を味わいに来た
イギリス女性マギーとアメリカ女性のスーザン。安下宿で外国人の世話をする
エルジもいる。

恋におちたり、ケンカをしたり、激動の時代に激動の場所にいる人々の行く末
はそれぞれ。

■COMMENT
映画の冒頭と終わりには、東西冷戦終結の頃の実際の映像が差し込まれ、当時
の喧噪が伝わってくる。
そのドキュメンタリー映像から、物語のなかの市場の映像に切り替わっても、
混沌とした雑然さは変わらない。国籍も様々な人々が、必要なんだかよくわか
らないものをごちゃごちゃと市場で売る。

安定や秩序とは縁遠い光景。時に平和ボケなどと揶揄される日本人たる私は、
こうしためちゃくちゃな混沌さをうらやましく思う。
だから、自国で平凡な生活をすることに飽き飽きして、東欧諸国を旅してまわ
り、ブダペストの何でもアリの雰囲気を好む、英国米国の娘たちの気持ちがよ
くわかる。

しかしながら私は、混沌にも雑然さにも憧れるけれど、結局のところ明日も明
後日もその次も、生活の様子が頭の中で描けなければ、落ち着かない小心者で
ある。あと10歳若くたって、世界の動く現場を見てきてやろう、と混沌をさす
らうことはできないだろう。彼女らとユーラ、ワジムのように、まったく言葉
の通じない者同士、カタコトの英語で愛し合うことも無理そうだ。

そう思うと、この映画の中でいちばん私に近いのは、自由な西側で一発やって
やろうと意気込むセルゲイ。理想と夢に燃え、自由な社会で自分の力を試して
やると意気込むが、結局空回りばかり。窮地をうまく切り抜ける術も、知恵を
働かせて現実に合わせる余裕もない。バカ正直に、頭でっかちに新しい時代に
適応しようとする。そんな姿に親近感を覚えたところで、彼の行く末を見るの
は少し辛かった。

ひょうひょうと喧噪の中で生き抜ける者、いつも何かを悟ったようにたたずむ
者、とにかくその場をおさめるのに長けた者、他人の世話を焼きたがる者、暴
力で押さえつけ支配を企む者、心地よさを求めて移動し続ける者、混沌から安
定を生みだす者。ありとあらゆるタイプの人々がいる、世界がぎゅっと詰め込
まれた映画、そして町である。

実人生でも、ロシアに生まれ西側に渡ったミュージシャン、ユーラ役のユーリ
・フォミチェフの音楽もいい。どこか哀愁のあるメロディが、西でもなく東で
もない、西でもあって東でもある、あいだの国の雰囲気を身にしみさせてくれ
る。

■COLUMN
冒頭、寒風吹きつける極東ウラジオストクで、ユーラとワジムが「ここから東
に行けば西側だ」と海を眺める。地球は丸い。「西側」「東側」なんて区別が、
ばかばかしく映る、気の利いた一言だったと思う。

なぜ彼らが、海を渡って逆側から「西側」(そこで最初に出会う西側の国は日
本だろうか)を目指すことはやめて、はるばる陸路で西側を目指したのかは、
判然としない。ただ、私が思うに、海を渡って別世界へ飛び込むよりも、陸つ
づきで国境を越え、少しずつ進んでいく方が、彼らにとっての正しい「西」の
獲得方法だったのではないか。国境を越え、検問を通り過ぎ、少しずつ変わっ
ていく風景を見ながら、移動する。その方が、海の向こうに突然の新天地を求
めるよりも、獲得する自由にリアリティがあるのではないかと思う。

海に囲まれた国に育った私には、国境というものが身近に感じられない。国境
とは空港内にあるもので、密閉された乗り物に乗って降りれば、よその国に着
くのが習いである。はじめて地続きで国境を渡ったのは、フランス滞在時にベ
ルギーに列車で行ったときで、今思うとおかしいくらいに国境越えを楽しみに
したが、イミグレーションも何もなく、ちょっとがっかりしたことを覚えてい
る。それでも、続く風景を見ながら国境を越えたという事実がうれしかった。

日本にいるときには、絶対に陸続きでの国境はない。じわじわと他国に赴くこ
とに飢えている私は、以前、韓国のプサンに行く機会があったとき、船でじわ
じわどんぶらこと行ったら楽しかろうと計画した(まあ、飛行機で行ったって、
じわじわと国境を越えているんだが)。結局、飛行機よりひどく高くつくとい
う理由でやめてしまった。でもまた飛行機以外の方法で国境をまたぐ機会をも
てれば、としつこく頭の隅に置いている。

逆に見れば、こんな風に国境の越え方にこだわることは、多くの国と隣接し合っ
て暮らすヨーロッパの人々には、理解しがたい感情なのかもしれない。


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編集・発行:あんどうちよ

Copyright(C)2004-2005 Chiyo ANDO

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