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*** 欧 州 映 画 紀 行 ***
                 No.059
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。


★心にためる今週のマイレージ★
++ 浮き世のやり過ごし方 ++

作品はこちら
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タイトル:「パパは、出張中!」
製作:ユーゴスラビア/1985年
原題:Otac na sluzbenom putu 英語題:When Father Was Away on Business

監督:エミール・クストリッツァ(Emir Kusturica)
出演:モレノ・デ・バルトリ、ミキ・マノイロヴィチ、
   ミリャナ・カラノヴィチ
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■STORY
1950年サラエボ。反ソ連路線を突き進もうとする、ユーゴスラビア社会を背景
に、ある一家の物語を描く。

6歳のマリックは、両親、兄、祖父と、楽しく暮らしていた。
ある日、父メーシャは、浮気相手に言ったほんの小さな一言が原因で逮捕され、
強制労働へと送られてしまう。母は、子ども達に「パパは出張中なのだ」と言
うしかない。父の不在が長く続き、マリック自身も、その周囲も、少しずつ変
化が訪れて……

■COMMENT
この作品、痛烈な「体制批判」の映画というのが通説なのだが、何度見ても、
私にはそうは思えないんだな。
メーシャが逮捕されてしまうのは、「マルクスがスターリンの肖像画を部屋に
かけて執筆をしている風刺画(ソ連のやってることはこんなバカみたいなこと
だ、という批判)を見て、『やりすぎだ』と感想をもらした」から。確かにさ
さいな理由で人を逮捕してしまう社会体制は、不気味でも滑稽でもあり、揶揄
してはいるだろう。

が、だからといって、35年も前の体制を批判することが映画全体のテーマにな
るとも思えないし、仮に昔「いかにもあったこと」を出して85年頃の体制に当
てつける気持ちが作り手にあったとしても、それがテーマという訳ではないと
思う。

滑稽な体制の批判は、この映画のちょっとしたきっかけではかるが、「テーマ」
たりえるものがあるとすれば、もっと普遍的なことだと思う。私が思うにそれ
は、いろいろあるこの世をどうやり過ごしていくのか。それなら、時代も国境
も越えたテーマとなるだろう。

社会主義体制の中で、権力者にうまくすり寄って、密告も活用しながら、己の
立場を守っていくのも、それはひとつの生き方である。密告とまではいかなく
とも、組織にいたり、競争のあるところにいる人なら、誰かにすり寄らなくて
はやっていけないことがあるだろう。この体制下に限った話でもないのである。

ミーシャのように、理不尽に逮捕されたことに、徹底的に抗してヒーローにな
るのでもなく、ただ、強制労働と左遷が解かれるのを待つのも生き方である。
大人の事情がよくみえない不安の中で、夢遊病に逃げ込むマリックも、子ども
なりに己の方法を選んだのだし、父の不在で壊れそうな家庭で、アコーディオ
ンをかき鳴らして、気を紛らすマリックの兄にも、生き方のスタイルがある。

それぞれの生き方には好き嫌いが出るだろう。他人としては面白いけれど、身
近な人だったらイヤだな、なんてのもあり。日頃の私と同じように、息がつま
りそうな日常を、おのおの「乗り越える」、なんてたいそうなことじゃなく、
なんとかやり過ごす。そんな人間模様を眺めるのが楽しい作品である。

■COLUMN
とはいえ。
じゃあ、こんなささいなことで逮捕されてしまう体制、監視社会が、この作品
の中で大きなウエイトを占めてないか、というとそうでもないと思う。
「いろいろあるこの世」とか「息のつまりそうな日常」といったものが、何に
象徴されるか、という点でだ。

第2次大戦後のユーゴスラビアで日常を過ごす人を描くなら、そこにどっしり
構えるのは「体制」だったのだろう。日本だったら「働き過ぎの窮屈なサラリー
マン社会」とか。イギリスだったら階級社会かな。
少々ステレオタイプに過ぎるが、てっとりばやくその社会の空気を表す物語と
いうものがあって、外国の映画を見る楽しみのひとつは、その空気に触れるこ
とでもあると思っている。

しかし、ひとつの社会にひとつの象徴的なわかりやすい物語があったのも、と
うに昔のことのようにも思う。今どき日本のいわゆる「サラリーマン社会」を
普遍的な退屈として描いても、身につまされる思いは湧かず、かえって牧歌的
にほのぼのしてしまうのではないか。少なくとも私なら、よほど手の込んだ作
りで描いてくれない限り、そんな感想を持つと思う。

そこから類推してみると、その後、内戦で何もかもがめちゃくちゃになって、
国自体も消滅したユーゴでは、「体制」が「息つまる世間」だったことが、
ひょっとすると牧歌的な匂いがするかもしれない。


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編集・発行:あんどうちよ

Copyright(C)2004-2005 Chiyo ANDO

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