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欧 州 映 画 紀 行
                 No.086
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 文化や芸術は必需品 ★

作品はこちら
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タイトル:『ベルリン・フィルと子どもたち』
製作:ドイツ/2004年
原題:Rhythm Is It!

監督:トマス・グルベ(Thomas Grube)
   エンリケ・サンチェス・ランチ(Enrique Sanchez Lansch)
出演:サイモン・ラトル、ロイストン・マルドゥーム、
   ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
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■STORY
ベルリン・フィルハーモニーの活動を追ったドキュメンタリー。

将来にも希望を持てず、何かに打ち込んだこともないティーンエイジャー(もっ
と上も、もっと下も)たちと、ベルリン・フィルが一緒に公演を打つことになっ
た。退学者の多い高校や、離散家庭の子どもや難民が多く通う中学の生徒も多
く集めた。
ストラヴィンスキーの『春の祭典』の演奏とともに総勢250人の若者がダンスを
するのだ。はじめは興味もなく、友だちとふざけ合うだけの若者たちだが、し
だいに彼らの中に変化が訪れる。

■COMMENT
正直なところ、映画として素晴らしい作品か、というとそうでもない。
映像も、練習風景とインタビューを交互に入れ込むドキュメンタリーの構成も、
特典としてついてきた「メイキング映像」とほとんど区別がつかないような感
じだ。「メイキング」とされているものも、映画本編で使わなかった部分を中
心にもうひとつのルポを作ったのだろう。
全体としてベルリンフィルの教育プロジェクトを追った、テレビのルポルター
ジュ番組の域を出ない。

それでも、ここで紹介されている活動自体が興味深く、この作品に出会えてよ
かったと思う。
この活動を世に知らしめるため、町中に広告が貼られ、雑誌や新聞でも取り上
げられる「映画」という媒体を選んだのだと推測する。

観る前は、DVDのパッケージや、Web等で見た内容説明の意味がわからなかった。
「なんでクラシック音楽に興味のない子どもを集めてダンスさせなきゃならん
の?」
その疑問を解くために観たようなものだったが、作品がはじまって数分で謎は
解けた。ベルリン・フィルの指揮者サイモン・ラトルによる「音楽はもっと広
い場所に出ていけるし、人を一つにする力がある」という説明。
音楽が生きる力になること、音楽によって人に影響を与えられること、様々な
境遇で、国籍もバラバラな若者が交流し合い、一緒に行動できることを、プロ
ジェクトでもって証明しているのだ。

無気力な若者を連れてきて、皆で踊らせると聞くと、私などは早計に団体行動
と根性論を押しつけるもののように連想してしまう。だが、ここに描かれてい
るのは、よく知らない他者と知り合い、話し合い、助け合う、<外に向けての
成長>と、自分自身の限界に挑戦して壁を打ち破る<内に向けての成長>とが
バランスよく引き出された様子だった。

何か新しいことをはじめようとする人に、勇気をもたらしてくれる一作。

■COLUMN
どこの国も不況が長引いて、失業率が高い。真っ先に削るのは文化だ、芸術だ、
と金にならなさそうなもの。
贅沢品で役に立たなさそうと思われるもの筆頭のオーケストラが、その流れを
察知し、地域に貢献できることを身をもって証明するため、地域の教育に深く
関わることに着手した。このベルリン・フィルと若者・子どもたちのダンスプ
ロジェクトにはそうした側面がある。

映画を観るのも、観劇するのも、音楽を聴くのも、部数がたいして伸びない小
説を読むことも、ぱらぱらとしか観客のいないサッカーの試合を見ることも、
私は好きだ。だが、どの分野でもスペシャリストともマニアともいえない、気
まぐれファン。そういう輩がぼやぼやしているうちに、いい公演も打たれなく
なり、売れ筋のものしか残らなくなる。無責任な気まぐれファンなりに、売れ
筋しか残らなくなってしまう危機感は持っている。
別に気取りたくてそういうものに触れてる訳ではない。音楽や演劇や物語など
など、私が生きていく上で必要だから欲する。気づいたらなくなっていたりし
たら、とっても困るのだ。

気まぐれファンがせっせとそれらにお金を出すことも大事だが、文化とか芸術
とかの担い手たちは、自分たちが何をやっているのか、人々と交流して見せて
いかなくてはいけない。文化や芸術は贅沢品ではなく必需品だと、伝えなくて
は。
あちこちで魔法の手段のようにもてはやされる「地域密着」というのは、ベル
リン・フィルのようなことを本来指すのだろうが、日本の多くの場所で生きた
試みがなされているとは言い難い。

難民・移民を含め、多くの民族が暮らし、かつて壁に隔てられていた人々がいっ
しょに暮らすベルリン。その町の特性を生かし、様々な社会階層、民族を集め、
互いに交流する<広場>を「町のオーケストラ」として作り出した。その功績
は大いに認め、模倣もしていくといいんじゃないかと思う。


□参考文献(というか、書くにあたって着想のヒントを得ました)
『芸術立国論』平田オリザ 集英社新書

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編集・発行:あんどうちよ

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