一覧へ ←前へ →次へ 登録フォーム HOME


======================================================

欧 州 映 画 紀 行
                 No.110
======================================================

「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 才能・世界・感情、相反する諸々を抱えて ★

作品はこちら
-----------------------------------------------------------------------------
タイトル:『真夜中のピアニスト』
製作:フランス/2005年
原題:De battre mon coeur s'est arrêté
英語題:The Beat That My Heart Skipped

監督・共同脚本:ジャック・オディアール(Jacques Audiard)
出演:ロマン・デュリス、ニールス・アルストラップ 、ジョナサン・ザッカイ、
   オーレ・アッティカ、リン・ダン・ファン、エマニュエル・ドゥヴォス
------------------------------------------------------------------------------
  ケータイ等に作品の情報を送る

■STORY&COMMENT
父の後を継ぎ悪徳不動産ブローカーとして働くトムは、マンションにネズミを
放ったり、窓を壊したり、強引なやり方で住民を追い出して回る日常を過ごし
ている。暴力と非道にまみれた暮らしだが、死んだピアニストの母のように、
音楽に生きたい願望もあった。
ある日、母のコンサートマネージャーを務めていた人に再会。ぜひオーディショ
ンを受けるよう勧められ、ピアノのレッスンを再開しようとするが……。

粗暴な父の血と、繊細な母の血の両方を受け継ぐ主人公は、そのままその両方
を交互に生きようとする。音楽に生きたい彼を、父も同僚たちも理解しないが、
無理解にさいなまれる若者の話とも違う。もしも強く望んだなら、父のような
世界から抜けることもできただろうが、彼はそれをしない。脅したりすかした
り、そんな才能だってピアノと同じく持っているのだ。

相反する性質を抱えて生きる彼は、父に対する愛情と憎悪の両方を抱えながら
生きてもいる。父の命令を疎ましく思いながらも、いつも断り切れない。仲間
のやり方を醜く思っても、結局はそこにいつづける。

やっと見つかったピアノの先生は、フランスに来たばかりで言葉の通じない中
国系の女性。それでも毎日レッスンを受けるうちに取り戻したピアノの世界が
彼のオアシスになっていく。
強引と暴力の世界と、繊細な芸術の世界を行き来をする彼は、オーディション
でうまく弾けるのか。目が離せない。

次はどうなるんだろう、と心を躍らせて、物語が進むうちパズルのピースが一
つずつはまっていくかのような快感、そして、すべてのピースがうまっていき
完成するかと思うと、さあ、あとは自分でと任されてしまうような、知的な興
奮。心地よい刺激が抜群の一作だ。

■COLUMN
ピアノにのめり込んでいくトムは、仲間と立ち寄るバーでもカウンターを鍵盤
に見立てて常に指を動かしている。どこででもとにかく指を動かしていたいし、
つねに練習していたいのだろう。

子供の頃ピアノを習っていた私は、鍵盤のないところであたかもあるかのよう
にピアノを弾くふりが、確かに練習にもなるけれど、実際に弾くより気分のよ
くなる<おまじない>でもあることを知っている。

頭の中では自分の理想の演奏を奏で鳴らし、指はそれに合わせて動かす。多少
指がもつれたって、ミスタッチはしない。よどみない音が頭の中では鳴り続け
る。リアルのピアノから離れて空で指を動かした後、実際にピアノを鳴らした
ら、それはそれは、現実の演奏に幻滅すること。間違ったキーを叩けば確実に
間違った音が出て、スムーズに指が動かなければ、メロディはつっかえる。

この見方が作者の意図にかなっているかは疑問だけれど、カウンターで幾度も
幾度も指を動かすトムの姿は、夢や希望がありながらも実現することのできな
い彼の人生とだぶってしかたがなかった。
酒場のカウンターでエア・ピアノを弾くようなガス抜きを、いかに世の人は
しょっちゅうやっていることか。哀しくもどこかおかしみある人生を、やや乱
暴だけれど、ささやかに肯定する映画でもある。

■INFORMATION
2週お休みをいただいて、
次回の発行は11月9日の予定です。

---------------

感想・問い合わせはお気軽に。

編集・発行:あんどうちよ

リンクは自由ですが、転載には許可が必要です。
一部分を引用する場合には、連絡の必要はありませんが、
引用元を明記してください。

Copyright(C)2004-2006 Chiyo ANDO

---------------



一覧へ ←前へ →次へ 登録フォーム

HOME