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欧 州 映 画 紀 行
                 No.114
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 普通の人が普通に生きて ★

作品はこちら
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タイトル:『この素晴らしき世界』
製作:チェコ/2000年
原題:Musíme si pomáhat 英語題:Divided We Fall

監督・共同脚本:ヤン・フジェベイク(Jan Hrebejk)
出演:ボレスラフ・ポリーフカ、アンナ・シィシェコヴァー、
   ヤロスラフ・ドゥシェク、チョンゴル・カッシャイ
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■STORY&COMMENT
第二次世界大戦中のチェコ。ナチスに占領された町でヨゼフとマリエ夫婦は暮
らしていた。ある日、かつて親しくしていたユダヤ人家族の息子ダヴィドが収
容所から逃げ出してきた。よくよく迷った末、ヨゼフはダヴィドをかくまうこ
とにする。誰が密告するかわからない時代状況の上、ヨゼフの家には親ナチス
の友人が頻繁に訪ねてくるという、悪環境……

ヨゼフは別に聖人君子ではない。ナチスの台頭をいまいましく思いながら、か
といって表だって抵抗するわけではない。口には出さず、ひっそりと嫌がって
いるだけだ。ダヴィドをかくまうことも、成り行きでそうなってしまっただけ
で、「巻き込まれたくなかったのに、こんなことになった」とダヴィドに聞こ
えたってかまわず愚痴る。

妻のマリエの方が「人助けしたい」という気持ちがあって、肝もすわっている。
ただし、一日中閉じこめられてるんじゃかわいそう、と夕食はダイニングでと
もにとろうとしたり、「用心するにこしたことはない」と怒るヨゼフの気持ち
もわからないではない、無謀とも言える態度だ。正義に燃えるより、子供が欲
しいのにできない、寂しさを紛らせようとしたのかもしれない。

何度も何度も危ないシーンがあって、そのたびにこっそり早送りしてしまおう
かと、恐がりの私は思った。だが、その一方、時折明るくテンポのいい音楽に
乗ってコミカルなシーンが見られる。はじめはちょっとした違和感があったが、
しだいにそのアンバランスさが心地よくなり、スリルと笑いのリズムに引き込
まれた。

密告するような小さく卑屈な部分も、勇気ある行動も、すべてひっくるめて、
人を信頼したくなる幸福感の残る作品だ。

■COLUMN
重いテーマを描いているはずが、絶妙な軽さを含むところは、戦争の愚かさへ
の皮肉としても機能してると思う。人と人が殺し合うことは愚かしいが、ここ
ではそれだけではなく、その地をどの勢力が支配しているかで善人と悪人がコ
ロリと変わる、という意味での愚かしさもある。

この映画で描かれるのは、ナチスの支配から解き放たれ、新しい一歩を踏み出
すチェコの姿を見るところまでだ。だが、この後、この地で権勢をふるうのは、
共産主義勢力であり、ソ連であることを、私たちは知っている。そして、ナチ
スドイツが一瞬で追い立てられる側になったように、彼らが追われる日もやっ
て来る。さらに21世紀に入れば、NATOに加盟し、EUに入って「西側」へ仲間入
りも果たす。あと何年かで、ユーロでも使うようになっているのだろうか。

ドイツ人がチェコを支配していると、いまいましく思いながら、我が身かわい
さに表立って抵抗はしない、映画の中の庶民たちの姿は、おそらく、ソ連がで
かい面をすることに不満を感じながらも、あえて表明しないで暮らした庶民の
姿に重なるのではないか。
体制によって、ころころ状況ってやつが変わり、それに合わせて普通の人間は
普通に生きていかなくちゃならないことを、皮膚感覚でよく知ってる人が作っ
た映画なんだろうなあと、思う。重いことも、さらりと軽く振り払って、笑っ
てこなければやってこられなかった人々の知恵がつまった作品にも思う。

「歴史が動く」というのは、輝かしき記憶であると同時に、どうしようもなく
愚かしいものでもある。そして輝/愚の明暗は、後からいくらでもコロリと変
わる。
そういう人間の小ささも、なかなか可愛げがあって見えてもくるから、やっか
いで、面白いもの。


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編集・発行:あんどうちよ

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