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欧 州 映 画 紀 行
                 No.134   07.06.14配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 優雅とエスプリと笑いと謎解きと ★

作品はこちら
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タイトル:『アガサ・クリスティーの奥さまは名探偵』
製作:フランス/2005年
原題:Mon petit doigt m'a dit... 英語題:By the Pricking of My Thumbs

監督:パスカル・トマ(Pascal Thomas)
出演:カトリーヌ・フロ、アンドレ・デュソリエ
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■STORY&COMMENT
アガサ・クリスティ原作のミステリー。舞台を現代のフランス・サヴォワ地方
に移した。

好奇心たっぷりのプリュダンスと、実は海軍の切れ者と噂される、温厚な紳士
ベリゼールは、緑豊かなサヴォア地方で仲良く暮らしている。ある日、ベリゼー
ルの叔母をホームに見舞いに行った折、プリュダンスは不思議な老人と言葉を
交わす。
後日、その老人が姿を消したことを知り、事件の予感「親指のうずき」を感じ
たプリュダンスは、捜査に乗り出す……。

ミステリーマニアではないけれど、謎解きものが割と好きな私である。だが、
この作品は、謎解きそのものよりも、登場人物の会話や、ウソみたいに優雅な
生活や、随所に仕込まれた軽〜いギャグやら、そういう「あり得ない」創り上
げられた世界を楽しんだ。

この映画、はじめに映画館で観たのだが、メルマガを書くためにDVDをもう一
度観るまで、どんな事件が起こって、どう解決するんだったか、私はほとんど
忘れていた。かわりに、登場する風景や、テンポのよい会話や、よくできたギャ
グシーンなどはよくよく記憶していた。
最終的に複数の事件が絡み合っていくので、「犯人誰?」みたいな一義的なま
とめ方ができないため、「どんな事件」だったかを忘れている、ということが
その原因の一つだとも思う。
でも、謎解きの好きな私が言うからたぶん間違いないと思うけれど、これは謎
解きそのものよりも、コメディとして、また「いかにもミステリー」な仕立て
方など、全体の雰囲気を楽しんでこその作品だ。

原作のプロットは大切にされているので(読んでいないから怪しいもんだが、
たぶん)、もちろんコアなミステリーファンが観ても楽しめるとは思う。

見ているだけで自分の周りの空気もおいしいような気がしてくる、一帯の美し
い風景は「こんな美しい田園風景でこそ恐ろしい事件は起こる」というある種
お決まりのミステリーの舞台装置でもある。出てくる人々が皆、これでもかこ
れでもかと怪しい雰囲気を醸し出すのも、笑って楽しくなってしまうほど。
この作品はそれ自体がミステリーであると同時に、ミステリーの批評としても
機能しているのだ。

「ミステリー」にもタイプがいろいろあるのは承知で言うが、いわゆる「ミス
テリー」ってこうできてるんだ、とミステリー自体を解剖するつもりで観ると、
さらに楽しみが広がるんじゃないかな。

■COLUMN
人が死んで、悲しいことが起きているのに、捜査する側の人間がやたら冷静で
カラリとしているのも、ミステリーのある種の常套型。この作品も事件らしき
ものがあると好奇心がむくむく膨れる奥さま、プリュダンスを筆頭とし、ドロ
ドロした感情とは無縁の、カラリさっぱりを貫く。

その雰囲気を作りだしているのは、ミステリー要素だけでなく、ブラックな要
素も含んだ「フランスぽい会話」にもあるだろう。

互いにちょっと厳しく相手を皮肉りながら、夫婦はテンポよく会話を楽しむ。
私は「ちょっと素敵な皮肉を言ってからかうのが、フランス人の交友では親切
なんだ」と言い張るフランス人に会ったことがあるが、互いにカラリと笑って
楽しくなる皮肉って、ずいぶん頭の回転がよくないとできないと思う。

露骨にプリュダンスを嫌う老人ホームにいる叔母は、ボケたフリも利用して辛
辣な言葉を浴びせるが、それに「よよっ」と泣かずに「気に入られないから」
とプリュダンスはさっさと諦める。腕白な双子を連れた娘夫婦の到来を、迷わ
ず「悪い知らせ」と言うプリュダンスは、静かな暮らしを邪魔されることを心
配するが、そのストレスで胃を痛めたりは絶対にしなさそうだ。

夫婦の車はクラシックオープンカー(オースティン・ヒーレーE3000というも
のらしい)、夜には最高級スコッチで乾杯し、暖炉の火を見ながらゆっくりお
しゃべり、天気のよい日は湖の見える庭先でノートパソコンを広げる。
プリュダンスは、何でもないように見えて、生地も縫製も最高級であろうスー
ツ(「チフォネリ」というイタリアのブランドだそうだ)を着こなし、シンプ
ルだけれどいかにもいい革を使ったバッグを持つ(エルメスのヴィンテージも
のらしい)。(ブランド等はすべて劇場公開時のパンフの情報による)

ゆったりとしたところに住み、好きなものおしゃれなものに囲まれて、嫌いな
ものは嫌いといい、人間関係で深刻なストレスを抱えず、知的なインスピレー
ションを大切に暮らす。これって、一種の理想の暮らしだ。
何をもってよしとするかは、人それぞれだけれど、ヨーロッパの映画を好んで
観るような読者諸氏なら、「これってひとつの理想型」という私の意見に賛同
してくれるだろう。

悲しみや憎しみでいっぱいになるはずの事件を、カラリと知的遊戯に変えるミ
ステリーというあり得ない世界と、これでもかと優雅に理想的に暮らすあり得
ない夫婦。このマッチングが気持ちがいい。ちょっと奮発して買ったワインで
も片手に、優雅な気分で観たい一作だ。


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編集・発行:あんどうちよ

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