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欧 州 映 画 紀 行
                 No.148   07.10.11配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ ラブコメ! ロードムービー! サマーバケーション! ★

作品はこちら
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タイトル:『太陽に恋して』
製作:ドイツ/2000年
原題:Im Juli. 英語題:In July

監督・脚本:ファティ・アキン(Fatih Akin)
出演:モーリッツ・ブライブトロイ、クリスティアーネ・パウル、
   マフメット・クルトゥルス、イディル・ユネル、ブランカ・カティッチ
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■STORY&COMMENT
教師を目指すダニエルは、実習先では生徒たちにまるで相手にされず、バカン
スになっても恋人も旅立つ先もない、まったくもって冴えない青年だ。
そんなダニエルは、トルコ人女性メレクに一目惚れ。彼女を追って、ハンブル
クからイスタンブールへ、車で旅立つことにした。

青春ラブコメと、ロードムービーと、夏休みの男の子の成長物語が、一緒になっ
たような作品。
冴えないダニエルだけれど、実は密かに彼に恋する女の子ユーリがいて、そも
そもダニエルの一目惚れも、ユーリの作戦がちょっとずれて起きたこと。偶然
も重なって、ユーリもイスタンブール行きの旅についていくことになる。

遠くのお姫様を追いかける主人公と、すぐそばで彼を思う女の子。きれいな青
春ストーリーの構造だ。
原題の「7月に」は「7月」という名前を持つユーリにぴったり重なる。観客
にとっては、最終的にメルクじゃなくてユーリと結ばれるんだ、てことは明白
で、果たして、どんな道をたどってそこに至るのか、が楽しむポイントだ。

思わず「おいおい、お前ら偶然出会い過ぎ!」とつっこみたくなるくらい、き
れいな偶然が頻発する。ドイツ、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、トル
コ、横断されるヨーロッパはもうほとんどご近所の商店街。あり得ない偶然の
連続というのも、ここまで徹底されれば、「ウェルメイド」な気さえしてくる
から不思議だ。

夢やクスリの幻影を甘く映し出すシックでポップな映像、しだいに東へ東へと
移り変わる景色をスナップのように見せるスピード感などなど、ラブコメの王
道的設定に、おしゃれな雰囲気をプラスした、楽しい作品だ。国境を越えるご
とに、たくましく面白く変わるダニエルの姿もすがすがしい。

難しいことは考えたくないときにぴったりの作品だと思う。恋人同士、じゃれ
合いながら観るのもいいんじゃないかな。

■COLUMN
現代では、土地も人も、どこかに帰属している。別にそうと決めた瞬間はなかっ
たけれど、私は日本に属する土地で、日本に属する父と母から生まれてきて、
今も昔もずっと日本人だ。

この映画にはいくつもの国境が現れる。よその国からは海原にしっかり隔てら
れた日本に住む「日本人」には、「国境越え」がうらやましく思える。
海に囲まれて、好むと好まざるとにかかわらず、がっちり日本人な私には、車
を飛ばせば、大陸横断列車に乗れば、別の国に至れる「国境越え」は、軽さや
柔らかさをもたらすような気がするのだ。

東の辺境の地、日本で憧れるのは、大河で隔てられるようなわかりやすい国境
ではなく、ルーマニア入国で登場するような、なんでこっから先が別の国って
ことになるのかね、というような、田舎道にゲートをしつらえただけの国境だ。
大地は素知らぬ顔で続いているのに、人間だけがそこに境を作り、帰属や所属
を主張している、という社会の事情が強調されるから。

社会で生きる人間にとってはしかと意味のあるそ、の境をまたげば、重くがっ
ちり、どこかに属した自分が、ふわりと軽くしなやかにふるまえるんじゃない
か。
ダニエルは国境を越えるたびに、たくましく成長し、今までの自分に張り付い
たレッテルや尻込みを拭い去っていく。もちろん国境を越えるその瞬間に何か
が起こるのではない。出会った人々、経験したことが、身になって、何かを身
につけるのとは反比例して、彼はしだいに軽やかになる。いくつもの国境はそ
の象徴であるように思う。

別の国に限ったことではない。行ったことのない土地を訪れると、急に視界が
広がるのは、自分の属する何かにがっちりと握られていた状態から自由になっ
て、軽やかにしなやかに、なるからじゃないだろうか。
出不精の私だけれど、海外とは言わず隣町でもいい、馴染みのない土地を、思
い立ったら訪れるようにしておく方が、いいだろうか。
国境越えの鮮やかな軽妙を見て思う。


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編集・発行:あんどうちよ

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