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欧 州 映 画 紀 行
                 No.187   08.10.03配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ ハッピーなんて、そもそも無根拠かもしれないしね ★

作品はこちら
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タイトル:『地上5センチの恋心』
製作:フランス・ベルギー/2006年
原題:Odette Toulemonde 英語題:不明

監督・脚本:エリック=エマニュエル・シュミット(Eric-Emmanuel Schmitt)
出演:カトリーヌ・フロ、アルベール・デュポンテル、ジャック・ウェベール、
   ファブリス・ミュルジア、アラン・ドゥテー、カミーユ・ジャピ
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■STORY&COMMENT
ベルギーの小さな町のデパートで、化粧品の売り子をするオデットは、フラン
ス人作家バルタザール・バルザンの大ファン。何日も前から楽しみにしていた
サイン会に出かけるが、緊張のあまり自分の名前さえ伝えられなかった。周り
にも励まされ、ファンレターを書いてみると……
妻の裏切りに絶望し、仕事ではスランプに陥っていた作家は、その手紙に感動
し、オデット宅までやってきて、奇妙な共同生活が始まる。

最初にプロットを聞いたときは、とっても期待したのだけれど、実際に観たら、
正直なところ、それほどでもなかった。
しかし。
展開がなんだか強引だし、人物描写もいま一つていねいさに欠ける気がするの
だけれど、でも、その強引さに押し切られて、否応なく最後にホロリとさせら
れてしまうのも確か。
期待していないところで妙に笑わせてくれて、(ノーベル賞の仕組みがわかっ
ていないオデットの勘違いなんて、私は好きだ)ミュージカル仕立てよろしく
オデットが好きなジョセフィン・べイカーの歌に合わせて踊るシーンも、これ
もまた何だか強引だけれど、それが憎めなくて。
だから、期待のしかたがちょっと違ってたってところだろうか。

夫に先立たれて、二人の子どもを育てたオデット。貧しいながらも明るく、小
さな事に喜びを見つけて(ジョセフィン・ベイカーで歌って踊ったり)、暮ら
している。優しいゲイの息子はよしとしても、働かないでフラフラしている娘
とその恋人(やはりプー)には、困っているけれど、あまり深刻にならずに毎
日が過ぎる。
教養はないけれど、ある種の気品を保っていて、前向きでコミカルな雰囲気を、
カトリーヌ・フロが好演した。彼女じゃなければ、もうちょっと品がなくなる
か、もうちょっと深刻さが前に出るか、コミカルさが大げさすぎるか、してバ
ランスを崩したんじゃないか。

脚本の緻密さとか、心理描写の綾とか、そういうものを期待しない方がいいけ
れど、その場その場で立ち上る感情に軽く乗り込んで観ていると、なんだか最
後は無根拠にハッピーになれる。そんな映画です。お疲れのときにおすすめ。

■COLUMN
オデット・トゥルモンド。「トゥルモンド」は「皆」を連想させる、名前から
して「どうしようもなく平凡」な運命を背負わされている。※

辛口批評家は、夕日のポスターや、人形集めを好む平凡な女性が読む通俗的で
くだらない小説だと、バルタザールの作品をけなす。
で、まあ見事、オデットは海辺の夕日のポスターを部屋に張り、ちまちまとし
た人形を集めるオバサンだ。

作家を魅了する美しいファンレターに彼女は、「あなたの小説は、とるにたら
ない、つまらない人の人生に光を当ててくれた」と書いた。
だから、バルタザールの作品は批評家になんと言われようが、その通俗性にこ
そ価値があるのだろうけれど、バルタザール本人には、ソフィストケイトされ
ていないオバサンばかりがサイン会にやってくることは、かねてからのコンプ
レックス、もっと違うファン層が欲しかったのだ。

作家というのは、勝手なもの。バルタザールの性格でもあるだろうけれど、モ
ノを発信する人間というのは、きっと多かれ少なかれ、そんなものだ。
作品を受け止めて欲しい、と切に願い、受け入れられたら、自分の気に入るよ
うに理解されたい、評されたいと思うわがままさん。

でも、考えてみれば、受け止める側だって実は勝手なもの。この作品で、オデッ
トの平凡さ、庶民の悲しさに、私は大いに自分を重ね合わせて感情移入し、ほ
ろほろと涙を流したりしたけれど、別の映画ではちゃっかり激動のヒロインに
自分を見ていたりするだろう。
はたまた平凡に生きられない天才肌のアーティストなんかにも、「ああ、わか
るー、感じ方がそっくりだもん」なんて図々しく天才と融合してみせる。

俳優はいくつもの人生を生きられると言うけれど、映画を観る方だって、自在
にいくつもの人生に乗っかれるのだ。
境遇も性格も職業も、全部違っていても、観客は貪欲に自分を重ね合わせられ
る。(もちろん全然共感できない登場人物というのもいるけれど)
全然違っていても、ちょっとでも一致するところをするりと見つけ、ほんの少
しでも似たところを敏感に発見して、物語の世界に入り込める。

それを思えば、人生なんて、紙一重のところで違っているだけなのかもね、と
達観してみたくなる私であった。

※注
姓 TOULEMONDE は、実在の名字らしい。この映画の舞台はベルギーだが、フラ
ンスでは2600人あまりの人が持っている名字だそうだ。よくある名字ランキン
グでは2474位。
参考:http://www.linternaute.com/femmes/nom-de-famille/
■INFORMATION
DVD
地上5センチの恋心
価格:¥ 3,089(定価:¥ 3,990)
http://www.amazon.co.jp/dp/B001BXTR90/ref=nosim/?tag=oushueiga-22

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編集・発行:あんどうちよ

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