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欧 州 映 画 紀 行
                 No.192   08.11.06配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 料理の映画と思いきや ★

作品はこちら
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タイトル:『厨房で逢いましょう』
製作:ドイツ・スイス/2006年
原題:Eden 英語題:おそらく原題に同じ

監督・脚本:ミヒャエル・ホーフマン(Michael Hofmann)
出演:ヨーゼフ・オステンドルフ、シャルロット・ロシ、
   デーヴィト・シュトリーゾフ、マックス・リュートリンガー
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■STORY&COMMENT
南ドイツ。料理一筋で人づきあいのできない天才シェフ・グレゴアが、平凡な
主婦エデンに好意を寄せた。彼の料理はエロティック・キュイジーヌと呼ばれ
る官能的なもの、食べた人間はその虜となってしまうと評判だ。ふとしたこと
がきっかけで、彼の料理を食したエデンは、やはりすっかり虜となってしまい、
厨房におしかけて、開発中の料理を定期的に食べるようになって……。

料理映画かと思ったら、そういうわけではなかった。
私は元来、「料理(食)」と「官能」というのがちっとも結びつかない性質で、
「料理の官能性」がテーマだったら、絶対に乗れないだろうと心配だったのだ
けど、その心配は無用だった。
グレゴアが完璧に料理したときの、客がソースまでしーっかりなめ回す様子を
はじめ、「虜になる」描写は、ちょっと大げさ。料理と官能が簡単に結びつく
人にとっては、その人のイメージできっと膨らますことができるし、結びつか
ない人は、笑いどころとして流すこともできる。料理や食は、重要だけれど、
テーマというわけではないアイテムというところか。

じゃあ、何の映画かというと、恋愛と人間関係、だと私は思う。
私が映画のはじまりからずっと気になっていたのは、独特の映像だ。この監督
の他の作品を知らないから、これがこの人のスタイルなのか、この作品での特
有のことなのかわからないけれど、暗くてコントラストをあえてはっきりさせ
ないところや、不自然と思われるほどの顔のアップの多用(でまたアップにし
ているわりに真ん中に顔を持ってこない)が、とにかく落ち着かない。

不器用なシェフのほのぼの恋愛騒動みたいなパッケージになっている割りに、
映像から受けるイメージは、落ち着かない状況と、個々の登場人物の精神的な
不安定さ。だから、このドラマ、不穏な方向へいくんじゃないのかな、と思っ
たら、やっぱりそんなんだった。ラストにはちゃんと救いが用意してあったけ
れど。

で、いま一度、物語を捉えてみれば、骨組みとなる話はシンプルだ。
料理しかできない巨漢シェフと、障害のある娘をかかえ、ちょっと横暴な夫と
その家族に窮屈さを感じながら暮らす女性。そのちょっと横暴な夫を含め、み
んな人生の上で何か問題を抱えていて、その問題が人との関係を密にしたり疎
にしたりする。

どの要素も、皆まで語らずに描いているから、人によって力点を置いて観ると
ころが分かれるだろう。もちろん、料理に注目する人もいるだろうし、おいし
い料理が五感を刺激して生きる活力を取り戻させることに、ダイナミックさを
感じる人もいるだろう。
私は、エデンの女らしいグレゴアを手玉にとる様子が気に入った。きっと、本
人は「手玉にとってる」つもりなんてこれっぽちもない。「お互い大好きな、
仲のいいお友達」で逢ったら楽しい。相手の好意を何となく感じとりながら、
無意識に、結果的にそれを利用する。(めちゃめちゃに高級で何ヶ月も先まで
予約がいっぱいのシェフの料理を、ちゃっかり毎週ただで食べてる)もちろん
そのつもりは本人にまったくない。相手の狂おしい好意を、上手に無害で安全
な好意とすりかえて受け止めて、にっこり無心に微笑んでみせる。

こういう女、イヤだなーと、思う人も多いだろう。コワイと思う人も。でも、
私はこの無意識な人の傷つけ方が、ドラマとして好きだ。そして、長年女をやっ
てきた身として、いくばくかの親近感も覚える。いけないかな。

■COLUMN
むかーし、むかし、子どもの頃に『チョコレート戦争』という本が好きだった。
内容はすっかり忘れたけれど、そこに出てくる「洋菓子の金泉堂」のシューク
リームやエクレアが、とてもとてもおいしそうで、一度そんなすごいお菓子を
食べてみたいと憧れていた。

もちろん架空のお菓子屋さんだから、いまだに食べたことはない。どんなにお
いしいんだろうと、想像するのみ。

大人が自分を律することできずにむしゃぶりついてしまうような料理って、ど
んなの? 食べると帰って夫を激しく誘いかけてしまう料理って、どんなの?
この作品に出てくるグレゴアの料理を観ていたら、突然、その幼い頃の憧れを
思い出した。

久しぶりに読んでみようかと、思ったけれど、今読んで、ちーっともおいしそ
うじゃなかったら、どうしよう。大事な「憧れの味」がひとつ消えてしまう。
そしたら興ざめだ。
いやいや、昔の憧れをまざまざと思い出して、何か特別な気分に浸れるかもし
れない。
思い出した直後はすぐにでも図書館に駆け込まんばかりの勢いだったのだが、
結局じくじくと、どうしようかなー、と思案している。

そうやって、憧れの味についていろいろ考えを巡らしているときがいちばん楽
しいのかもしれない。
しかも、この場合、「確かに憧れの味」と行き当たっても、その「味」は決し
てたどりつけない架空のもの。行き当たるのは憧れという自分の記憶のみ。あ
あ、何だか虚しいというか、おめでたいというか。


※「洋菓子の金泉堂」の名称は自力で思い出せなかったので、アマゾンにあっ
たレビューを参考にしました。

■INFORMATION
★DVD
厨房で逢いましょう
価格:¥ 3,416(定価:¥ 3,990)
http://www.amazon.co.jp/dp/B00148S766/ref=nosim/?tag=oushueiga-22

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★コメントをくれた方へお返事
petit 様
そうなのです。伏線かな、と思ったのにつながらないと、続編とかあるんだろ
うか、この先さらに不穏な何かをもたらすサインだろーか、いやそれともみか
たが違ってただろか、と、余計なことをうろうろと考えちゃうもんです。

★ひょっとすると来週お休みするかもしれません。
今週末から来週にかけて、パタパタ忙しくするかもしれなくて、
時間がうまくとれなかった場合は、休刊します。
TSUTAYAさんが半額セールらしいので、できれば利用したいのですが(笑)。
時間がとれれば発行します。よろしくお願いします。

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編集・発行:あんどうちよ

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