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欧 州 映 画 紀 行
                 No.201   09.03.26配信
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ずいぶん久しぶりの配信になります。お待たせして申し訳ありません。
出したい出したいと思いつつ、
私が書くスピードよりも、時の過ぎるスピードのが早くって……
体調悪くしていたとか、映画がイヤになったとかではありません。
今後はまた、週刊ペースで発行します(そのつもり)から、
どうぞよろしくお願いします。

「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ どこにも視点を置かないならば ★

作品はこちら
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タイトル:『アンダーグラウンド』
製作:フランス・ドイツ・ハンガリー/1995年
原題:Underground 

監督・共同脚本:エミール・クストリッツァ(Emir Kusturica)
出演:ミキ・マノイロヴィッチ、ラザル・リストフスキー、
   ミリャナ・ヤコヴィッチ、スラヴコ・スティマチ
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■STORY&COMMENT
昔々、あるところに国があった……
第二次世界大戦から90年代前半の内戦まで。ユーゴスラビアの歴史50年をたど
る壮大叙事詩。

1941年、ユーゴがナチスドイツに占領される第二次世界大戦中、祖国を守る共
産党員・ナチス護送車を襲う義賊として名を馳せたマルコとクロ。
戦火のなか追っ手から逃れるため、マルコは、クロや仲間を祖父の家の地下室
にかくまっていた。しかし戦争が終わって、自分が共産党内で出世し、クロが
恋いこがれる女優のナタリアをこっそり横取りした後、地下室の住人には戦争
の終結を伏せ、そのまま地下に閉じこめる。
大統領の右腕マルコは、地下の住人にレジスタンス運動が続いていると思いこ
ませて武器を製造させ、その武器をさばいて儲ける、武器商人という裏の顔を
持つようになる。

エミール・クストリッツァは、新しいのが封切られると必ず観に行く、お気に
入りの監督の一人だ。ゴールデン・ウィークに新作の公開と聞いてちょっとう
れしくなって、クストリッツァ作品を取り上げることにした。
本来ならこの『アンダーグラウンド』は、真っ先に書いていてもおかしくない
作品なのに、ずっと取り上げないままだった。理由は簡単。この作品のこと書
くの難しいんだもん。
でもね、メルマガ書きには難しいと思っても挑戦しなきゃいけない時がある。
それが、“今”なんだよーと武者震いする今号である。

この作品は、ストーリーをどこか伝えづらいと思っていた。そして、登場人物
のことも伝えづらいと思っていた。仲間をだますマルコなんて、ストーリー説
明をすればひどい人間だけれど、別に極悪人というわけじゃない、じゃあ根が
いい奴かというと、決してそうじゃない。直情的なクロにしても、とりあえず
自分の面倒をみてくれる男にくっついてみせるナタリアにしても、いい奴でも
ないが、どうしようもない悪人にもならない。

人にもよるし、物語の種類にもよるが、登場人物の誰かに感情移入させたり、
そこまでいかなくても、登場人物の気持ちを察して泣かせたりドキドキさせた
り、多くの映画は、そうやって人を引きつける。
この作品のストーリーの伝えがたさは、そういう物語ではないせいだ。ここで
観客が感情移入させられるのは、人ではなく歴史物語そのものだと思う。
誰かを中心に物語は展開しない。ストーリーテラーのような役回りを担う登場
人物もいない。それはきっと、主役は「歴史」であり「昔々あったある国、あ
るいはユーゴスラビア」であるから。

地下世界に、世界中をつなぐトンネルがある壮大なセットの虚構を用意してみ
せながら、かつてのニュースフィルムに、登場人物を合成する「チープな」歴
史と物語の融合を見せ、古典的なベタギャグで強引に笑わせたと思うと、息を
のむように美しいシーンを続ける。
現実も虚構も史実も、美も醜もごちゃ混ぜにかき混ぜ、短調と長調が混在した
はじけるバルカンブラスと、グロテスクと壮麗がいっしょになった美術もとも
に、善も悪もひっくり返ったか意味をなくした世界を作り出す。それが、そこ
で3時間展開されて感情移入させられてしまう「歴史=物語」。

何もかもがぐちゃぐちゃに混沌に混ぜられて、世界はできる。時が経つと歴史
になる。
こっちから、あっちから、誰かの人生を中心に置いて、いろいろな形の物語を
人は描く。しかし、誰かの視点ではなく、どの立場の何かではなく、歴史物語
そのものを見せるとしたら、こんな風に、混ぜられ、ひっくり返り、何が虚で
何が実か、わからなくさせないといけないのだろう。

視点のありかがわからなくなるくらいまで引いて、結果的に、歴史物語自体の
なかに観客は入り込む。距離感までもがひっくり返ったかのようだ。
おかげで、昔々あったこの国、この歴史を、それはそれは愛おしく思うんだ。
そういう作品を、言葉でなんとかするのは難しい。でも、ちょっとはなんとか、
この物語を伝えることができたろうか。

ところで、前にフランスで、この作品の5時間くらいある「完全版」をテレビ
で観たことがある。あれをもう一度観たいと思っているのだけれど、その後出
会うことがない。何か情報をお持ちの方、ぜひ教えてください。

■COLUMN
手元の公開時のパンフレットから推察して、この映画を最初に観たのは1996年
の春。確か渋谷のシネマライズという映画館だったと思う。

その頃の私は、サッカーにハマっていた。今もハマっているから、正確にいう
と、その1年ちょっと前あたりが、私がサッカーにハマった最初だった。
サッカーにハマったのは、Jリーグにやってきたユーゴスラビア人選手に魅了さ
れたからで、サッカーからつながって、その頃は同時に、ユーゴスラビアにも
ハマっていた。だから、この映画を「ユーゴ物、絶対観なくっちゃ」で観たの
か、映画への興味が先だっていたのか、定かではない。

だがとにかく、基本的に歴史に無知な私が、にわかにユーゴスラビアの現代史
に詳しくなって、ユーゴの内戦のことにとても興味を持っていた時期だった。
だから、最初に観たときは、「ユーゴ、ユーゴ、ユーゴの歴史映画だぞー」の
頭ですっかり傾いていた記憶がある。
今思うと、その頃は、どこかで、ユーゴを知らない人にこの映画は難しいと思
いこんでいたように思う。

今回、改めて観て思った。
この映画は、ユーゴの歴史なんてなにも知らなくても受け入れられる。
なるほど「昔々、あるところに国があった」。
ユーゴでなくても、どこかの国でいい。マルコのようなずるい男がいてクロの
ような直情的な乱暴者がいてナタリアのような小ずるい女がいる。そういう国
を自分のイメージで作り上げることだって可能だ。
そして、その方がずっといい観方な気がする。

知識があるということは、時に、素直に楽しむことを阻害するかもしれない。
ちょっとばかし知識があっても、そこで内にも外にも威張っちゃだめだ。そん
な自戒を頭に浮かべている。

■INFORMATION
★本日紹介作品のDVD(あちゃー、プレミアムがついちゃってるなー)
アンダーグラウンド [DVD]
価格:¥ 14,800(定価:¥ 4,935)
http://www.amazon.co.jp/dp/B00005LJV6/ref=nosim/?tag=oushueiga-22

DVDは高すぎるので、サントラをどうぞ。書いている間、私も聴いていました。
アンダーグラウンド サウンドトラック
価格:¥ 1,992(定価:¥ 2,243)
http://www.amazon.co.jp/dp/B00006JOP6/ref=nosim/?tag=oushueiga-22

★コメントくださった方にお返事
のんびりお返事でごめんなさい!!

・kkurihara さま
裁判員制度、ホントに、「真の狙い」てやつを、
勘ぐりたくなってしまいますよね。

・yuyu さま
応援ありがとうございます!
とっても力になります。

★配信できないでいる間、blog版の方には、
他愛もない日常を書いていました。
よかったら、のぞいてみてください。
http://mille-feuilles.seesaa.net/

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お便り待ってます!

編集・発行:あんどうちよ

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